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《古美術商のエッセイ》

『バックナンバー 松岡徳峰

bV  【赤い筒…遠眼鏡(とおめがね)】 創刊号 bW  【瀬戸渋紙釉の茶壺でお月見】
bX  【破れ締太鼓と雨降り】 bP0 【携帯用根付風燭台と伊万里猪口】
bP1 【李朝の硯と炭】 bP2 【「まりと戯れる猫」の根付】
bP3 【刀剣の鍛え肌】 bP4 【古代中国瓦当(がとう)】
bP5 【古家へ集う世界の骨董】 bP6 【誕生仏と世紀末】
bP7 【新世紀元年の正月を大黒、恵比寿とともに】 bP8 【雪国の古美術店で】
bP9 【黒い糸に結ばれて…】 bQ0 【へっついと五右衛門風呂】
bQ1 【中国後漢緑釉銀化犬】 bQ2 【五条川春爛漫】
bQ3   【刺し子の火消し半纏】 bQ4 【古屋で出会った乳幼児用つぐら】
bQ5   【あじさいと十手】 bQ6  【古新聞でくるまれた骨董】
bQ7 鐔と創造 】 bQ8 【 秋祭りと面子 】
bQ9  【二十一世紀初年末に出会った仏像】 bR0  【 落雁とト゜ロップ 】                  
31   【古美術品とハイスピード】 bR2 【 故郷の鯉 】
bR3 【花火と精霊流し】 bR4 【月見によれよれ漫画本】 
bR5 【信楽の古陶と狸】 bR6 【渓流の隠れキリシタン仏像と菊皿】
bR7 【桜花と戦国合戦】 bR8 【五月の新緑と渋滞】
bR9 【梅雨の散歩】 bS0 【蝉の声】
bS1 【昭和レトロ】 bS2【つぎはぎだらけの子供着】
bS3 【白鷺と腹黒鷺】

bS4 【正月三日の初恵比寿】

bS5 【お雛さん】 bS6  【ツバメの巣と大岡政談】 
bS7  軍刀と平和】  48 【 紅葉と焚き火】 
bS9 【龍太地蔵】  
   

【古美術商のエッセイ】

 

bV 創刊号…『赤い筒…遠眼鏡(とおめがね)』

赤い紙巻きであろうと思われる遠眼鏡、つまり今風にいえば望遠鏡である。四段式の伸

縮自在の「赤と黒」の洒落たデザインである。

この遠眼鏡、作りはあまり上手とはいえないが、おそらくは江戸時代の作であり、当時と

しては、最新型の武士・町人のグッズとして、すごくナウイものであったに違いない、そん

な雰囲気と魅力はもっている。

今風にいうとノートパソコンを所持していると言ったところだろうか?いや、もっと優れも

のだったに違いない…。

さてと、それはおいといて、この遠眼鏡を使った人が殿様ならば、天守閣から城下町の

人々の暮らしを見守ってくれていたのだろうか?。あるいは、城下町へのお忍びの下見

をしたのかも…?。

 また、商家の旦那であれば、船荷を心配して海上の船を見守っていたのだろうと思われる。

なかには、遠眼鏡で国の将来を模索し、何かをつかもうと必死になってのぞき込む武士

たちもいたのではないだろうか?…………。

さて、今時ならば、将来がどのように変化していくか、いち早く見ることのできる遠眼鏡が

是非一台は、なにをさておきほしいものである…。うん、うん。

 そんな夢のようなことを言っていてもしようがないから、みんなで「レンコン」や「ちくわ」

でもたくさん食べて未来を見ましょう!………ん〜。

冗談はさておき、今日現在はどうか、戦後最長の不景気の中、まるで、真っ暗な長い先

のかすんで不透明なトンネルのなかを手探りで必死に抜け出そうともがいている日本

経済、先の見える遠眼鏡がほしいと思われる経営者方ばかりではないでしょうか。

夜空に開く花火のような日本経済になりますように……。祈御繁栄。  

                                       徳 峰

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

bW【  瀬戸渋紙釉の茶壺でお月見 】

日本最古の天守閣 国宝 犬山城の城下、春の犬山祭りで骨董市がおこなわれていました。

知り合いの古美術商の店頭に一際目立つ一つの茶壺…。

ひらめくものがあり、思わず入手してしまいました。

 胴の径が三十センチ、背丈が四十センチの四耳壺であった。

時代は室町時代の作で、瀬戸の渋紙釉の茶壺である。昔から笠とか、

団扇に塗られていた「柿の渋」にそっくりの釉薬であり、また、そっくりの

色合いでもあり、まさしく たいへん「しぶーい」…、寂びのただよう

色調の茶壺であります。

 説明は、このへんにさせて頂きまして…。

この茶壺、床の間に飾って数ヶ月、この茶壺には「すすき」

が絶対似合う…と。萩の花も多めにあしらうと完璧だ。なぜか、真夜中の

意識のはっきりしないある瞬間にこの光景が浮かびあがった。う〜ん、絶対に似合う…と。

 ああ そうか、今年は異常気象なのか、お月見の季節が間近だという

のにクーラーが手放せないし 、朝夕も寝ぐるしい日がつづいている。何かが狂って

いる!。

今年のお月見には、必ずこの茶壺を使用しなくては、ご先祖様に申し分けがたたない!。

…と、浪花節の一説じゃないけれど。

  さて、このエッセーをお読み頂いている皆様は、どんな「お月見」をされ、

どのようなお祈りをされているのでしょうか?。なぬ!、月に人類が到達してずいぶん

年月がすぎているのに、お祈りとは!、と思われる方々はお見えになられるかとは思い

ますが、まずはご容赦頂き。

 お月見とは、四季の変わり目の行事であり、大切な祭の一つではないかと考えます。

将来末長く大切に伝承していきたい日本文化の一つであると思います。

古来、日本人は、山や川、木に大地に、そして、太陽、月、星を神として祀り、

拝んできた。あっ!、どこかの政治家の発言?…。

 月には、火山岩のような岩山と砂のほかになにもない殺風景な景色よりも、やはり、

ウサギが餅つきをしている方が、ロマンティックであり、日本の四季を彩る光景としては、

美しいに決まっているのである。

ただ、なぜ月に、餅つきをしているウサギなのかは、私にはわかりません。どなたか、

おわかりになられる方がございましたなら、お教えくださいませ。

さて、我が家では、幼い頃から、お月見といえば、すすきに萩の花、団子に里芋の煮物

とお供えの メニューがきまっていた。それに、お線香にろうそくの炎…がいつも、  

長年使い込んだ 黒光りをした、虫食いのある、文机の上に添えられ、いかにも、

お月さんにお祈りをしたい気分を誘う演出となっていたようだった。この時ばかりは、

ロケットのことは忘れたいものである。

なるほど、日本人の自然を尊ぶ、心が脈々と伝わってくるような気がしてならないの

である…。 瀬戸渋紙釉四耳茶壺が出番を待ち望んでいる。            

  日本、自然、そして、月に乾杯!。 徳 峰

 

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犬山城について。】

愛知県犬山市、木曽川右岸に接し、山頂にある天守閣は国宝であり、現存する天守

では、日本最古であるとのこと。織田広近が築城、城主も戦いにより次々と代わり、

江戸幕府の統一後、尾張藩家老の成瀬氏が城主となった。千五百三十七年築城そのまま

の姿、内部の造りであり、大変趣があるお城です。

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

 

bX【  破れ締太鼓と雨降り  】

それは、京都の或る小さな古美術店、片隅にある李朝の古箪笥の上に、埃をかぶって

、それも、相当長い間触れた気配が全くない状態で、さりげなく置かれていたこの破れ

締太鼓…。

 私は、店のおやじさんにその締太鼓を所望したことは言うまでもありませんでした。

なぜ、二十年位以前にこのような古い破れ締太鼓を手にいれたのか?

 実は、私、こうみえてもミュージシャンなんです。う〜ん?。演奏家?。

と言うかどうかはわかりませんが、日本の伝統文化…神社の奉納獅子はやし連で締太鼓

を、ここ二十年間位演奏し、奉納いたしております。

  これが、また、困ったことに後継者不足で悩んでおりますが。それはさておき。

この破れ締太鼓ですが、はじめは、皮を張り替えて練習に使おうと考えていたのですが

、ある時、締太鼓の綱を静かにほぐしてみたところ、胴内部に

  寶歴拾参未癸年(1763年)  七月吉日

 京都 三条 太鼓屋 橋村利右衛門 作

天保十一年  (1840年)  子 十月

高海郡 門尾村     六兵衛  張替

書きしるしてありましたので、コレクションにすることにいたしました。現状維持中〜。

 さて、太鼓の戸籍調べはこのへんにいたしまして…。

 「奉納獅子おはやし 」ですが、曲目が十曲くらい有りまして、「宮入り・御子・山も

どり・川もどり・雨降り……。」ございます。それぞれ曲には意味があります。

「宮入り」は神社へ入る時に演奏しますし、「御子」は神社の本殿正面にて、最初に

奉納する曲です。そして「雨降り」は雨乞いの曲です。……。

 もともと、秋の祭は、「豊年祭」であり農作物の豊作に感謝してお祈りし、祝う祭と

聞いております。

 当然農作物の豊作…、日照りが続くと雨乞いということになり、「雨降り」の

曲が作られ、演奏され、祭に、「雨」に感謝し奉納され続けてきたと考えられます。

さて、「奉納獅子おはやし」の曲目のうんぬんはこのへんで休憩いたしまして。

数日前の中部地方の集中豪雨はどうでしょう。地元であり、知人、親戚など被害に遭っ

た人々の話、そして、ニュース!…。

 八十歳の老人に聞いたところ、このような大量の雨は、「わし―ん、生まれてこの

かた はじめての おお雨だぎゃー!。」との話。

 かなりの大被害があり、このエッセーを書いて、いや、キーを叩いている、今現在も

たいへんな被害にあい、つらい思いをしている人たちがかなり、大勢みえるとの事、

是非、お体にきおつけられ、がんばっていただきたいと、お祈り致しております。

 さて、今回、大きな被害がでた原因は、「新川」の欠壊であった。

地元住民はすでに以前から危機感を持っていた、と言うような話もきいていますし。

当然、起こるべきして起こった。ということのようである。

 また、反対に、真夏の水不足もしたり、どうも、「泥縄式」…泥棒がきたとき、

とらえて縛る縄を作る…の対策だとしか言いようの無い政策。しっかり頼んます!。

 毎年二月、三月となると、なぜか氾濫する道路工事。多少道路が「でこぼこ」でも

いいから、そのような予算が有るなら、人の命に関わる「水不足」そして、「大雨」

その他「自然災害」の事前対策に有効に、血税を使ってもらいたいものである。

 こう考えていらっしゃる方々が、かなり大勢おられるのではないでしょうか。

あなたは、どう思われますか?。

人類は、あたかも大自然を支配しているかのような錯覚をしているような感じがして

なりません。しかし、象に対する蟻のごとく、大自然には無力であり、生かされている

ということを認識し、大自然に対する環境問題等、考えなければ、つけが必ず帰ってく

るはずである。 反省と検討を。

ちょっと、話が難しくなってしまいました。

まあ、そんなわけで、あまり、雨乞いの曲「雨降り」の話はさけたいと思いますので。

ただ、ご安心ください!。ここにある締太鼓は破れていまして、雨乞いの曲「雨降り」

が演奏できません!。…と、落語のおちになってしまいました。失礼。

自然災害に遭遇された方々に心より、お見舞いを申し上げます。とともに

  ご健康と、ご多幸を心よりお祈り申し上げます。 

徳 峰

☆この破れ締太鼓の画像が見てみたいと思われる方、下記のアドレスをダブル

クリックしてみてください。

アドレス⇒ http://www.jm-art.co.jp/goods85.html へどうぞ

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

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《相撲の櫓太鼓の意味について》

◎一つ打つのは…万物の初め 

◎二つ打つのは…阿吽の二字

◎三つ打つのは…天地人

◎四つ打つのは…四天王

◎五つ打つのは…御用の太鼓

◎六つ打つのは…六方世界

◎七つ打つのは…南無妙法蓮華経

◎八つ打つのは…八卦

◎九つ打つのは…供養

◎十打つのは …十戒

〜と、テレビかラジオで聞いたのですが、間違っていましたなら、ご免なさい。

ご存じの方はお知らせ願います。 よろしくお願いいたします。

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bP0【  携帯用根付風燭台と伊万里猪口  】

 

家康のふるさと、岡崎。その城下のこぢんまりとした、小綺麗な骨董店のショウ

ケースの二段目の隅にかわいらしい銅製の香合らしき物が陳列されてあった。

店主にお願いして、手に取ってみた。なんとこれが、「携帯用根付風燭台」であった。

 早い話が『ローソク立てのキーホルダー』と言ったところでしょうか。

手のひらに収まる大きさで、表面には、花の文様が彫金してあり、大変かわいらしい

一品である。早速、譲り受け懐中に入れ、愛車ランドクルーザー80で東名高速を西へ

向かった。多少残暑も残る初秋の夕方、前方に赤く、いやオレンジと言うより、ゴール

ドに輝く夕日が、しだいに大空を赤く染めながら、山々の遙か向こうへ、いまにも沈み

かけようとしている光景に感動しながら、ふと、さきほど買い入れた燭台を愛用してい

た人物は、きっと商家の主人であろうなどと、勝手に決めつけてしまっていた。

 山道を、腰に先ほどの携帯用の燭台を紐でつるし、銀のキセルが入っていそうな

鹿皮で、上手な七福人の目貫つきの煙草入れを、帯に挟み、店の若衆を連れ、旅籠に

急ぐ様子が、まるで広重版画の一場面を見るようだ…などと勝手に想像しながら帰路に

向かったのである。

 さて、ローソクの火…聖なる火…といえば、聖火。ちょっと苦しかったかな…。

今まさに四年に一度のシドニーオリンピックの真最中である。 日本、いや、世界中の

一番注目している話題ではあるまいか?。

 四年に一度、日本中の人々がスポーツ観戦に夢中になる時である。いや、こころの

なかでは、スポーツマンになりきっているような気さえする熱の入れようである。

競技で日本選手がメダルをとった時などテレビの前で、大声、万歳、…、家族で

勝利を喜び、選手を褒め称え、あたかもその選手と長年の友人のような気さえしてくる

のである。また敗者のインタビューの涙に共感し、目頭を熱くしてしまうのである。

このような感動!…。家族のコミュニケーションができる事はそうあるものではないと

思う。…オリンピックに、選手団に乾杯!、そして感謝。

そういえば、 開会式に、韓国と北朝鮮の選手団が肩を並べ、手を取り合って、一本の

国旗を掲げ笑顔で入場してくる様子をみて、又、世界中で互いに戦争をしている国々が

「スポーツ」をとおし、仲良くなれる、オリンピックとはすばらしい行事である。

 ところで世界中で現在も、戦争が起こっております。しかし、紛争国内の内紛に便乗

し、第三者が経済戦争を仕掛けていると考えられるのではないだろうか。

 一瞬にして人類を滅亡させ、地球を破壊する核爆弾の保有など、許すべきではない。

 先日、マスコミで「地雷」を取り上げていた。ところで、地雷の値段を皆さんは知っ

ておられますか?なんと、日本円で二百円位だそうです。そして、この地雷の目的とは

、人を殺すのでは無く、足を一本程度吹っ飛ばす目的のようである。

 その程度の火薬が仕込まれている、とは、或る地雷設計、製造国の設計者の発言である。

 つまり、人を殺してしまうより、怪我人を増やせば、その被害国の負担が多大にになる

と言う、そして、反政府側と政府側の両方へ地雷を販売する、それも、後進国の資源を

多くもつ国々に売り込んでいるという。人の弱みにつけ込んだ悪徳商法としか思われない。

 つまり、経済戦争を仕掛けているとしか言えないのである。「弱肉強食」の動物と同じ

ではないか、人類であるならば、今問題になっている、環境破壊、地球温暖化、エネルギ

ー問題、他…。世界が一つになり、人類の将来、そして、地球の未来を考えなくてはなら

ない時期であり、戦争をしている場合ではない事を知らしめ、オリンヒ゜ックのように

人類が一つになり、共存共栄していかねばならない、…とオリンピックの表彰式を観てい

た無意識の或る一瞬間、脳裏に強烈に浮かび上がったのである。

 「はーいお茶」と言う声がして、ふと我に戻った時、伊万里の梅花文様の猪口にグ

リーン鮮やかな緑茶が、春慶塗り古書机の上にあった。この伊万里の猪口を口に運び

、さほど熱くない緑茶を口中に含み一口飲み込んだのである。なんと、とろりとした、

甘さと苦みそして香りの絶妙なハーモニー、そんな一瞬、平和のありがたさ、大切さを

しみじみと痛感していたのである。

 世界平和と人類の幸福を携帯用燭台に、一本のローソクの聖なる火と共に祈る!。

徳  峰

  

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

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【二行の風物詩…桔梗】       徳 峰

 

紫の清楚な桔梗を数本、古備前のお歯黒壺にさす。

 初秋の夕暮れ、障子のすきまから秋風が桔梗の花にそそぐ。

 

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bP1【   李朝の硯と炭  】

 

ここは、濃尾平野の北東、夏の鵜飼いで有名な長良川の両岸に広くまたがる

岐阜市である。

 夏の夜空に華麗に花開く、立体瞬間的映像空間である花火…華火…と、それ

に酔いしれる人々の熱気、気迫、そして、この地方独特の蒸し暑さのなか、

異様なまでの興奮と感激と陶酔。

 ほんの一時である夏の花火とは、人々をこのように情熱的に、そして、

日常の憂さを忘れらるかのように、楽しむ夏の無くてはならない祭である。

又、この長良川で特に有名なのが鵜飼である。この鵜飼であるが、中国の

「随書」{六二〇年頃}、記紀・万葉などにも記載されていたとのこと。

近世次第に衰退する中、宮内庁の保護を受けて、現在もこの長良川の鵜飼漁

は有名である。

初秋の透き通るような青空、この長良川の堤防に車を止め、ふと降り立った

足元には、夏の花火にも負けない、華麗な、そして、妖艶な彼岸花の大輪が

数本、太陽の光をうけ、金色に輝き胸を張って堂々と咲き誇っているように

見うけられた。 

 その堤防から、ほど近い、よくある「がらくたや」風の…。いや!失礼。

古美術店のこれでもか〜。というくらいの埃をかぶっている下手の「李朝

の硯」を発見しました。『これはすばらしい!』という物では全くありません

でした。

しかし、なぜか妙に懐かしく思われ、手に取り、思いきり息を吹きかけ…

咳き込むのでありました。

 店の主人も埃の煙幕に妙に恐縮し、出血サービスしてくれた事は言うまで

もありませんでした。

さて、この李朝の硯、さぞ著名な書家の持ち物とは、ほど遠く、想像する

に、さしずめ李朝時代の子供たちの用いた硯に違いないと思わせるような、

「ひっかききず」が裏面に見うけられるのです。

硯は二つあり、一つは「鳳凰」の彫刻があり、他は、「蝙蝠と鹿」らしき

彫刻がみられる。

 おそらく、虫食いで、足のとれかかっている小さな文机の上に、白磁の丁度

子供の手のひらに、すっぽりと収まる可愛いうさぎの水滴とともに有り。

 そして、この硯で、足のしびれと格闘しながら、墨を擦り、手習いの子供

たちの声が聞こえてくるようである。

 ところで、話は変わりますが「墨」といえば、最近「炭」で作ったシャン

プー、石鹸などが、巷で大変なブームだとか。

 最初に我が家の洗面の石鹸箱を「真っ黒な物体」が占領していた時には、

大変驚いたと同時に、地球に優しいとの説明書をみて、考案者の発想には、

我ながら脱帽する思いでありました。

 そういえば、近頃、河川とか海が大変汚れているという話を毎日のように

マスコミなどから耳にしている気がしてなりません。…困ったものである。

この「炭」のシャンプー、石鹸は排水に浄化作用があるとの事、今風に言う

と、地球に優しいらしい。別にコマーシャルではありませんので、あしからず。

 さて、日本のどこの地域へ行ってもよく耳にすることなんですが、…「この

川、昔はいくらでも魚がおったけどなー 、今は水が汚れてすっかりおらんよ

うになってまったもんなー」とは、地元の老人の寂しげで落胆した言葉。

 高度成長期において、企業は生産第一を考え日本経済に貢献したものの、

多少の公害には目をそむけていたのでは無いだろうか?。

 ここにきて、低経済となり、また、当時のつけがきた為、地球への思いやり

とでも言おうか、「ISO」の取得等、環境問題に取り組みかけたのである。

 数十年遅いのである。戦後、五十年あまりで魚すら住めなくなっている地球

にしてしまった現実…。反省と対策を希望!。

 それは、企業だけのはなしいでは無い。「便利さ」を追求するあまり、化学

薬品等の異常に使用された商品の購入、産業廃棄物の埋め立てによる汚染等…。

 ゴルフ場の乱立により、芝生の消毒による汚染も原因の一つである。

人類一人一人に責任があると言わねばならないと思われる。

 そこで、この便利な生活文化をこのさい、数十年昔へ戻したらどうか?。

一度、ご購読いただいている皆様も想像してみられたらいかがでしょうか?

 あまり極端な事は、三日坊主で終わってしまいますが、虚弱体質、やわな

精神力、ほとんど消え失せたハングリー精神の現代の子供たちのためには、

絶対良いのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?。

 ご父兄の諸氏、教職員の皆様!。

いつものように、ぶつぶつとつぶやきながら、一寸大きめの根来の丸盆の、

相当使いこまれた風情をもった赤と対象に、李朝の「雨漏り」がうれしい

白磁の徳利の白、それに、とろとろの無地刷毛目馬上杯に冷酒を少し注いで

口にはこぶ、酒の甘みがたまらない。ふと、手には釣り竿、明日は中学生の

息子と久しぶりの釣行。

 息子は、釣り道具バックに、せがまれてプレゼントした、カラフルなとんぼ

玉を数個、キーホルダーとしてつるしている。お気に入りのようだ。

 学校で先生が「近くの川で釣りをしたら、必ず川に戻してあげてね。」と言

ってたよ、と小学生の頃、息子が話てくれた。

放流をしているからだそうだ。つまり、自然繁殖ができなくなっているから

である。早く、自由に、思いっきり釣りがしたいものである。そんな清流の川

を早く、子供たちに、プレゼントできるようにしたいものである。

 未来の子供たちにも残して行かなければならない。

…いつまでも、青い地球であってほしい。

 

徳  峰

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

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【 二行の風物詩…夕餉の支度 】     徳 峰

 

   初秋の夕餉の支度、妻は野菜を少し切りとって、

   これは、鳴く虫の為だと、染め付けの小皿にとり、庭先に置く。

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bP2【 「まりと戯れる猫」の根付 】

いつも車で走り慣れた五条川の堤防、葉がやっと紅葉しかかった秋の桜並木

道、そして、夕日で銀色に輝くちゃら瀬の川波、桜古木の遙か彼方とは思え

ない大輪の朱赤に輝く夕暮れの落日。

 あ!、目前を横切った小動物、一瞬急ブレーキをかけた、南無阿弥陀仏…。

危機一髪。 なんと、可愛らしい三毛猫の子どもであった。

 ふと、バックミラーで無事を確認しようとみたら、草むらから、体を乗り出

し、さも、申し訳なそうな目つきでこちらを見つめていた。ああ、やれやれ…。

子猫といえば、いつか骨董市で求めた「まりと戯れる猫」の根付が頭に浮か

んだ。

象牙製で毛糸ふうのまりと戯れる猫の意匠の根付である。

まん丸目玉の愛らしい子猫とは、まったく異なり、ネズミを捕らえた精悍な

「うー!」と、まさに爪をたて、今にも敵に襲いかかろうとしている瞬間を

デザインしたかと思われるような、荒削りではあるが、「鋭い目、引き締まっ

た口元、少し立て気味の耳、そして、獲物を逃がすまいと爪を立てているさ

ま、」たった、四センチの大きさではあるけれど、さすが「正秀」の作、雰囲

気抜群の作意気とみた。…なかなかのものである。

 そういえば、子供の頃我が家ではいつも猫を飼っていた思い出がある。

子猫をどこかで、鰹節をつけてもらってきた…、この地方だけの風習なのか

不明であるが、子猫を差し上げる時、つまり、養子縁組みする時には、鰹節

を拵え荷物として、一緒に差し上げるという事が慣わしであった。今は…?。 

 子猫をもらい受ける時には、必ず先方の飼い主の人に聞かねばならない大切

な事があった、それは、その養子縁組をしようとしている子猫が「数匹生ま

れた兄弟の内で最初に生まれたか、どうかである」。

 なぜか?。…猫というのは、兄弟の内、最初に生まれた子猫でないと、

ネズミを捕らえない、というか、ネズミを捕らえる事が下手であると言われて

いた為であった。

この「ネズミを捕らえる」と言うことは、猫を飼ううえで非常に大切な事で

あったのです。

つまり、当時は大変ネズミが多く、家の縁の下、天井、押入の中など、

いたるところで、ドタバタ夜の大運動会。

 そこに、猫が現れると、一瞬にして大運動会が中止され、秋の鳴く虫の

コンサート会場に一変する。

 また、穀物、衣類、書類等、ネズミ達に食いちらかされていたので、飼い猫

というのは、家族同様大切に飼われていたのです。

 今時のような、ペットを捨てるなど、とんでもない話である。

 現在は、ほとんどは趣味、愛玩用として、猫を飼う事が多く、飽きてきたり

、他のペットを飼うと、いらなくなると言う困った飼い主が増えている。

 ただ、昔の猫の餌といえば、魚の骨、しっぽ、せいぜい鰹を振りかけた

猫まんま。…これに醤油を少し垂らすとうまいんですが。

 猫たちも、必死でご馳走であるネズミを追っかけたものである。…と思い

ますが?。

 つまり、大変野生的であった、まさに、「正秀」作の「猫とまりの根付」の

ようであった。

しかし、現代の猫はというと、ほとんどネズミの棲むよちのない近代住宅

で、食べ物といえば、キャットフード、高級肉の缶詰など、たいへん食べ物、

栄養にも恵まれている。

 これでは、ネズミを捕れと言っても、ネズミもいないし、追っかける必要も

全くなくなっているのが現状であり、野生さもなくなってきている。

 何か、現代の人間様とよく似ているような気がする。

 今の若者、会社ではお給料はほどほどに、週休二日、残業は少しだけ、

人生楽しむことが第一、ほとんどハングリー精神がない、こんな話を大変よく

聞くのて゛あります。

物の有り余った、ない物はない、欲しい物もそれ程ない、こんな世の中で

育てば仕方がないかもしれないけれど。…日本の将来が?。

 文明というのは、進歩しすぎはよくない!。…そんな気がしてきてしまうの

です。…ああ、歳かなあ…。

それはさておき、そういえば数年前の話でありますが、あるお宅へ用があって

訪ねた時のことでした。

 歴史を感じさせるお宅で、和室の隅には江戸中期頃の分厚い欅材で重厚な

金具細工も見事な船箪笥で、漆の透き通った飴赤の木目が冴えた鈍い光沢を

誇らしげにしていた。

 箪笥の上には、背丈で二十センチ位の染付唐草詰文瓶に姫ざくろが一輪

赤い小さな可憐な花と秋色に染まりかけた十円玉位の姿は立派な果実をつけ、

客をもてなしているようであった。

 ふるまわれた色絵染付金彩猪口に緑鮮やかな玉露が一寸ぬるめ。甘みと香り

が苦みをおさえ口中一杯にひろがり、至福のひとときを過ごしている時、

 ふと、庭に目をやると、シャム猫がおいしそうに例の猫まんまじゃなくて、

鶏のささみ風の肉をたべているようでした。

 ふと餌器をみたら、相当使い込んだ見るからに、こぎたない…いや失礼、無釉

の片口の鉢だった。なにか、気になったので、今風の餌鉢と交換という約束で

その鉢を譲り受けたのでした。

 この鉢、だいぶ日にちが過ぎ忘れた頃、綺麗に洗い熱湯消毒し、よく観察を

してみたところ、これがなんと「常滑片口鉢…ほぼ室町時代に間違いない品物」

であったのでした。

たっぷりと掛かった銀化した自然釉が現れ、たいへん魅力的であり野趣的な

一品であった。

さっそく、お礼として彼、シャム猫君に、猫まんま用鰹節をクロネコの宅急

便で贈っておきました。

徳  峰

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆

【二行の風物詩……落ち穂拾い】 徳  峰

堤のすすきに赤とんぼは体を休め、すずめたちは落ち穂拾ろい、

    野良仕事の老人は、手を休め、印判手の茶碗で、茶を一福。

 

◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆〜〜〜◆

 

 

 

bP3【 刀剣の鍛え肌 】  

ここは、古都のある博物館、 目前のさぞ高価であろう厚手のガラスケース

の向こうには、純白の布が刀掛けに覆われている。

 そこには、刃長 二尺一寸五分 「孫六兼元の銘刀」の古刀が鎮座していた。

 孫六兼元とは、室町時代、享禄 美濃鍛冶兼元の二代目。室町後期美濃鍛冶

の代表工である。 たいへん、知名度のある鍛冶工である。

尖り互の目、三本杉の刃文」であり、兼元の特色がよく現れている。

 五百年経過した今日見ても、 たいへんみごとな作意気である。

また、孫六兼元の刀は、幕末の書籍「懐宝剣尺」で最上大業物(さいじょう

おおわざもの)という一番よく切れる刀の刀工、十二名の内に入っています。

上から、下から、斜めから、光と格闘しながら、必死のガラス越しでの鑑賞

を終え、興奮を引きずり、市内にある、日本刀専門の刀屋さんをたずねてみま

した。

 店内を見回して一振の刀を、店主の許しをえて手に取り、光にかざし刀の

地肌をすがめ鑑賞…。

 よく刀といえばすぐ刃文と言われるが、私は、鍛え肌(地肌)を主に、次に

刃文を鑑賞しています。

刀剣を製作する事を「刀を鍛える」と言いますが、刀とは、機能上、「おれ

ず、曲がらず、よく切れる」ものでなくてはなりません。

  そのため、心鉄の柔らかい鉄(心金)を硬い鋼(皮金)で包んであるわけ

です。その皮金は何度も折り曲げ鍛えてあるが、この折り曲げ鍛え方により、

刀工の特徴ある地肌が創作されるのである。

 日本刀は切れるだけではだめなんです、美しくなければ!。

地肌の種類としては、梨子地肌、杢目肌、柾目肌、板目肌、綾杉肌、

が基本となります。 つまり、折り曲げて鍛えるので、木材と同じような木地

の文様としてあらわれるのです。

 ぴかぴかのステンレスのような表面ではありません。

そのようなぴかぴかの物は、刀ではありません。 ただ刀の形をした、鉄の棒

なのです。

何度も繰り返し折り曲げ、鍛えた物でないといけないなんて、なにか人間にも

共通して言えることではないでしょうか?。

 刀剣は、十本が十本すべて刃文、地肌が異なります、このような見方で一度

日本刀を鑑賞してみてください、たいへん味わいのある物です。

日本刀は怖い、ではなく、すごーく綺麗な、鉄の棒じゃなくて、世界に誇る

鉄の芸術品なんです。

刀剣は制作時点から、武具であり、かつ、鑑賞のために制作された物です。

 そして、そのケーシングすなわち、拵え及び飾り金具等、その時代の最高の

職人のいい仕事がされているのです。

 つまり、よく言われる武士の魂であり、かつ、愛用グッズであり、武士の

最高のおしゃれグッズて゛あったようです。

 現在でいうならば、他人に差を付けたい高級自家用車といったところでしょ

うか?。…うん。

先ほどから、我が手にある一振りの無銘刀、柾目肌にて丁字刃が美しい!。

 この刀の鍛冶工は、数百年以前にどんな思いでこの刀を鍛えたのた゛ろうか

?。 我が領主の為に、国家安泰の為…人斬り包丁だけれど、自分の技術伝承

の為、あるいは、家族を養う食いぶちの為、本当のところは聞くことができれ

ば聞いてみたいのもやまやまなれど、そんな訳にもいかないのです。

 いずれにしても、たいへんすばらしい出来ばえと言える。

 もし、今日現在か゛武家社会で、自分が武士として生きていくと言うこと

になったとした場合、重大なミスを犯し、愛用の合口で自害せざるを得ないと

き。 また、戦場で愛用の刀に命をかけなくてはならい時、などと考えると、

「刀剣は武士の魂である」という言葉が理解出来るような気がしてくるのである。

この武家社会を現代社会に当てはめた場合、議員、官僚、役人、公安、民間

を問わず切腹しなくてはならない者がかなり多いはず!。…しっかりしてもらわ

なければ困りものである。

 また、我が領主の為に戦場で愛刀一本に、命が懸けられるでしょうか?。

「武士は食わねど高楊枝」といいますが、…う〜ん!。

これらの行為を日常当然の事と考え生きていくという武家社会、武士道の厳格さ

はすごいとしか言えないのではないた゛ろうか。

とても現代の我々では勤まらないような気がするのて゛すがどうでしょうか?。

無銘刀を握り、いろいろと想像していましたら、一福どうですか…の店主

の声、円形厚手ガラスの載った時代備前の、直径五十センチもあろうか片口造り

のどっしりとした火鉢の上に差し出された、古萩茶碗に一福のお抹茶と古九谷の

小皿には、半生柿で白餡を包んだ和菓子。

古九谷小皿の図柄見たさに、和菓子を口中に放り込み小皿の鑑賞、「山水風景」

で色彩のコントラストがすばらしかった。 特に深緑色と黄色が印象的であった。

さっ、さめないうちにとうぞ」のすすめでお抹茶をすすったのである。

店主の心にくいまでのもてなし、心遣いに感激し、「今日はたいへん佳い物を

拝見でき幸せでした」の挨拶とともに再来の約束をして店を後にした。

 帰路の途中、山村に通り掛かった、ふと左前方に目をやると秋の真っ赤な

夕日に照らされてか、完熟の柿か゛古木がたわむくらい、たくさん実をつけて

いた。

柿の古木の向こう側には、歴史を感じるほどの茅葺きの家、そして、その壁板

に沿わせ、冬支度の為なのか、薪が背丈くらい、まるで石垣のように、美を意識

したかのように器用に積まれていた。

また、軒先あたりにはレイアウトよろしく大八車の大車輪が左右にそれぞれ

ひとつずつ陳列されていた。

 そんな風景画の中に溶け込むように、夕日を背にうけ、帰途についたのである。

徳 峰

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

【 二行の風物詩 】 徳 峰

堤には、コスモスのピンクの群生、田園に紫煙漂い、燻煙が香る。

    つるべ落としの夕暮れに、野良上がりの老人は馬上杯で一献。

 

bP4【 古代中国瓦当(がとう) 】  

ここは、いつもの慣れた業者市。せり声響く会場で、つぎつぎと荷が落札さ

れていく風景は、たいへん威勢がよい。

 品物はと言えば、古伊万里の皿、古瀬戸の壺…ニュー有り、埃はサービス

うぶ出しの古裂、どこかの芸者さんが使っていたのか帯止めの細工物、かと思

えば、北大路魯山人の白釉にコバルトの横縞の大振りの湯呑茶碗、底には、

「ロ」の銘有り、これはたいへんな人気であった。

 つぎつぎと荷物が、角盆の上に載せられ古美術商の前を落札されていくたび

に流れていくのである。まさにベルトコンベアーに載った荷物が動くように、

ただし、電動ではなく手押しではあるが。

 その間に、骨董商は目前の荷物を自分なりに、また、仲間同士で相談しなが

ら、その商品の年代・価値・無傷かどうか、自分の経験と勘とあらゆる情報で、

 まるで、コンピューターで処理するがごとく、迅速に、かつ正確に判断をし

ていかなければならないのである。 死活問題となるからである。

 たとえば、ある商品の情報を入力すれば、そくざに、回答が出せるような

コンピューターソフトを開発してもらえれば、非常に楽だし、勘に頼ることな

く非常に正確であるので、必ず売れる「ソフト」になるのではないでしょうか。

…ただし、掘り出し物はなくなりますが!。

 ある種類の商品の鑑定用コンピューターソフトは、一部あるようですが。

 さて、角盆に載せようとしている荷主に声をかけられたので、そばに近寄っ

てみたところ、桐箱からは、古裂に包まれた何か円盤状の物を四枚とりだして

角盆に、そして一冊の分厚い書籍も一緒に陳列されたのである。

 そこに、数人の業者が集まり、品定めを始めたのである。手にとって見てみ

ると、どうやら、古代の瓦片のようである。

 よく出品されるのが、日本の社寺あるいは城の古瓦片であるが、これはデザ

インが日本の物と違うことがすぐわかったのである。

 荷主から、その分厚い一冊の書籍「中国古代瓦当図典」のあるページを見せら

れたので、読んでみたところ…いや失礼、中国語は全く判りません。

 読める漢字のみを順に読んでいくとだいたい何が書いてあるかわかるような

気がするのであったのです。

瓦当(がとう)とは、軒に葺く丸瓦の先端部の文様のある部分 のことです。

 この品物は荷主によると、ある茶人の所蔵にて書籍と一緒にうぶ出しで出て

きた商品だということである。どうも、その茶人の方が中国から、この書籍を

取り寄せられ研究されていたとのことだそうであります。

※書籍によりますと…参考画像をご参照願います。

 【 NO.   瓦当名称 時代    サイズ(直径) 】

  ◎ 539−3 葵紋瓦当 戦国〜秦 14.5 CM

539−2 葵紋瓦当 戦国〜秦 15 CM 記載無

539−4 云紋瓦当 16.2 CM

539−1 長生無極瓦当 17  CM

      ※とりあえず日本語文字に変更して記載してみました。

古代中国でそれぞれ、「戦国〜秦」:B.C.453年〜207年の時 代で、

「漢」:B.C.206年〜A.D.220年の時代となります。

紀元前2000年紀の末期、周が殷王朝を滅ぼし、激動の時代の始まりであ

り、以後800年で中国社会は変化をする。この変化が中国最初の大帝国、秦の出

現の土壌となる。覇権を争う王国である秦は列強国を倒し、中国を統一、秦王は

最初の皇帝を意味する「始皇帝」を名乗ることになった。

 1911年まで続く帝政が誕生。その後に続く時代が、400年間栄えた

前後漢である、中国史で活気で、豊かな時代であった。漢帝国は世界の東文化

圏を覆っていたのである。

歴史はこれくらいにいたしまして、さて、先程の瓦当ですが、今から約200

0年位以前に製作され、皇帝の宮殿址から出土した物。…?。かどうかは定か

ではありませんが、いずれにしても、2000年が経過しております。

 「瓦は、2000年後にそのままの姿で瓦当を残した。人は、何を残す事が

できるのであろうか?」。ただし、地球が存在しているとしての事、瓦当を手

にして、しばし自分の人生、いったい何を残す事ができるのか考える機会を持

つことができたのでありました。

皆様も一度考えてみられたらどうでしょうか?。

 ここのところ、 新聞など見ていますと、 遺跡出土等の記事が連日といって

よいほど、掲載されております。古代のロマンをもとめて…でしょうか。

 ちょっとしたブームかなと思っておりましたところ、皆様もご承知の「60

万年前の前期旧石器時代の遺跡から石器発掘ねつ造」が発覚。とんでもない話

である。

 出土品は、発掘された地層、あるいは、機械とコンピューターを使用すれば、

明白になろうが、発掘した場所の情報は、発掘者に依存せざるを得ないとの事。

 流通で出回る出土品についても、発掘場所がはっきりと限定、証明されてい

るかどうかで、天地の差となってしまう。つまり、発掘者しだいということで

あるが故、発掘者には当然責任があるはずである。

自分への課せられたプレッシャー、そして、自分の売名行為のためか、いず

れにしろ、「ねつ造」など考古学上、絶対にあってはならないことであり、歴

史を曲げ、先人を否定する行為である。

 その遺跡に何か゛出土しようが、しまいが、秩父原人がいようが、いまいが、

事実を究明し、判明する事が、発掘調査の重要な目的であろうし、次世代に

事実を、そして、明確な歴史を伝承していく事が最も重要だと思うのである。

学校の教科書にまで影響を及ぼすなど、とんでもない犯罪といえるのではな

いだろうか。 ただ、以前からおおよそ、わかっていたとの事、もっと早い段階

で解明し、防ぐべきであった。関係筋の怠慢も発覚したのだ。

発掘調査員は歴史を究明する重要な任務であるから、技術、教養、にプラス

して、人間性を特に重要視して、調査員に選任すべきであろう。

さて、先程の発掘品「古代中国瓦当」をなんとか落札し、漢時代の緑釉壺と

いっしょに古裂の風呂敷につつみ、市を後にした。

桜並木の堤防を、赤く時には黄金色をした紅葉の葉と、少しこ寒い西北の風に

向かって、帰途についたのである。

徳 峰

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

二行の風物詩

   部屋の片隅、船箪笥に飾る中国新石器時代アンダーソンの小壺。

    小菊を一握り投入、 赤、白、黄、…、菊花で感ずる晩秋の香り。

 

 

bP5【古家へ集う世界の骨董  】  

 北風もだんだんと冷たくなってきたここ岐阜県北部のある小さな山村。

 早朝より、ぽつりぽつりと、やけに楽しげに小脇に荷物を抱えた、人々が一

軒の茅葺の古家へ集まってきている。

 煙突からは、白い煙りが風に流され青空に吸い込まれていくようである。

北風とともに、赤、黄、橙、茶、暗緑、…、そして、それらの色彩の混じり合

ったハーモニー、自然の織りなす 美しく芸術的なマチエール、紅葉した木の

葉の円舞曲。

 小太りで年配の、八百屋のおばちゃん風のご婦人は顔中しわだらけにして楽

しそうに笑いながら、小さめの風呂敷包みを持ち、妙にぺこぺこと連れのご婦

人に頭を下げしきりに話をしながら。

 相手のご婦人は、髪に少し紫のヘアーカラーをし、頭のてっぺんからつま

先まで超有名ブランド品で身を固めておられるようである、どうみても重役夫

人かな?。そのご婦人、北風のいたずらか紅葉したはっぱが一枚帽子に…、

あっ、良くできたブローチでした。

 また、年の頃なら三十頃の青年はサングラスに眉間に二本の深いしわ、朝日

がサングラスを透過すれば、そこには涼しげな切れ長の瞳、小脇に一メートル

位の長さの古裂巻物を抱え、無口で。

 その後方には、二人ずれの中年の男達、渋めのネクタイがよく似合う白髪で

ダンディな紳士風の男は肩にショルダーバックを掛けている、あれはどう見て

も有名ブランドバックとすぐにわかった。バッグのしわの寄りかたから見ると、

重そうな何かが入っているはずである。

 もう一人の男は、長髪で銀縁メガネで、たいそう大きな円盤ふうの風呂敷包

みを抱えている、そのしなやかな指には、ちよっと派手で太めのプラチナリン

グ、埋め込まれている宝石が朝日に眩しく光り輝いている。顔中髭だらけと言

ったほうがいいのかもしれない。暖かそうな手編みの厚手のカーデガンを着て、

一寸ばかり、派手ではあるが。 この二人ずれ、何かしきりに討論しているか

のように見えた。 このへんで、私も古家へ入ることにした。

 かなり使い込まれた古色の木戸から、家内へ足を一歩踏み入れた。土間の右

手には、かなりの広さの縁板張りの間、中央にはいろりが切ってあり黒く燻っ

て、黒光りをした扇形横木に自在鉤、主人がいとおしさを込め手入れしたので

あろう。 赤々と起こった炭火が、今ではあまり見かけない灰から顔を出し鉄

の茶釜と、お客の心を暖めている。 家内に香り、目にしみるような紫煙と歴史

を含んだ気が漂う。 家内全体真っ黒け…、といっちゃーおしまいよ!。

 ダークセピア色にいにしえの香りが漂う。少なくともここにいる人々はきっ

と心の故郷を発見、そして心の安息の地を見いだしているのではないだろうか

木戸から差し込む朝日を背に数人の人々が、おもいおもいの手荷物をもち

家内に、そして、いろりの周りに集まって互いに和気藹々と手荷物の封を開

け、いろりの周りに、または、時代のある大黒、恵比寿像の棚下段におのおの

自慢の品を陳列したのである。

 もうお判りだと存じますが、古美術研究会メンバーの勉強会なんです。いや

、自慢会になってしまうかもね…。

晩秋のこの時期、いにしえの里、風情ある旅籠、いや旅館で古美術品の話題

て゛夜が明けるまで、飲み、語りあい、そして早朝から一軒の古家を会場に研

究会を開催。

 八百屋のおばちゃん風ご婦人の品物、中国漢の緑釉銀化小壺は釉薬全体が銀

化していて緑と鈍く光輝く銀色のハーモニーが素敵である。

 ラルシュ作「網かごと五人のチルドレンとでも言いましょうか 」いぶし金

色ブロンズ製、アールヌーホ゛ーの世界である。裸の子供達の動き、顔の表情

が全体に躍動感を持った作品に仕上げられている。デッサン力たるや凡人では

足下にも及ばない写実主義の表現である。これは、ブランドできめている重役

夫人の持参品です。

 無口なサングラスの青年の所持骨董は、江戸後期頃と思われる「山水図」

呉春画とある。 紙の古色と墨の濃淡が微妙に変化し遠近を表現している様が

絶品であり、山水墨画の醍醐味であろう。

長髪、銀縁メガネの中年男性の抱えたものは、「九谷梟図大皿」明治時代頃

とお見受け候。金の外周覆輪に月夜の梟が樹木に止まっている、丸い水彩画

といった大皿です。

数寄者達が持ち寄った品々には、白磁が美しい李朝の白磁台鉢。エジプトの

ウシャブチ(ミイラ型石像副葬品)古代エジプトの香りが漂う一品。たいへん

愛嬌のあるクメール時代(カンボジヤ)の黄褐釉人面瓶。手のひらに収まる位

の可愛らしいデザインの紀元前数世紀ごろの青銅製動物(鹿かトナカイ?)。

虫食いと風化が激しいけれど、数寄者には涙が出るほどうれしい鎌倉時代頃の

木製神像。その他数点個性的な古美術品。思わず喉から手がでてしまつた!。

ふと、隣で白髪ダンディー紳士がバッグから大層重そうな古代建築石材の欠

片を…、と見えたんですが、実は裏向きでありまして拝見させていただいたら

ば、どうもインド石像の残欠ありました。察するところ、音楽神である「サラ

シュワティ」の彫刻残欠のようです。約一千年前の作品で女性神が弦楽器を奏

でる淡紅色砂岩製で、石像数寄人には「たまらん!…」一品ではないでしょう

か。 ところで、この石像をみて思うのですが、どうも、戦争で破壊された時

の残欠ではなかろうかと。

 ここのところ、毎日のように「世界遺産」という言葉をよく 耳にいたしま

す。 先人の残した遺産を残し保存しようと言う事だとおもいます。遅まきな

がら善行であり、次世代へ継承する義務であるのです。

 先人の遺産を、ルールに反した戦争という悲劇、あるいは、犯罪とも思える

戦争、異宗教戦争などにより破壊してしまった。

 たとえば、世界の著名な石像類を見てみても、かなり戦争の犠牲になり破壊

されているのが現状である。

なぜ、ここ古屋に集う世界各国の古美術品が、仲良く争いもなく肩を並べ

ているのに、人間どもは、いつまで戦争をくりかえしていくのか?、地球が

いつまで現存できるのかさえ分らないのに…。

戦争被害者と破壊された石像に合掌…。

徳  峰

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

【 二行の風物詩 】

  落葉樹の下、紅葉の絨毯、樹木の隙間から差し込む

太陽に反射しキラリと輝く、ドングリをほおばる小リスの瞳。

徳  峰

 

bP6【誕生仏と世紀末  】  

世紀末の先日、仏教美術を主に商う古美術商を久々に訪ねてみることにしま

した。そして、 背丈なら二十センチ位の何か妙に懐かしさを誘う、金銅仏を発

見。右手を天に、左手は地を指し…。

ここは京都、骨董の老舗、主人は三代目で子供の頃から、薩摩切子で牛乳を

飲み、近所の子供たちとは、江戸の兜をかぶり、手には幕末あたりの岡っ引き

の十手を握りチャンバラ、 夜は、古文書で二代目と字の勉強…。

 か、どうかは判りませんが、いずれにしろ古美術の香り、歴史の色彩、使い

込まれた道具から発散される暖かみのある雰囲気、優しさの形、手に伝わる感

触。呼吸をすれば鼻から脳へかすかに伝わる古の香り。

 この店主は、そんな骨董の中で育った、オタマジャクシじゃなくて、三代目

蛙の子なのだそうだ。店主の古美術と店への愛情は、黒光りする柱、小綺麗に

片づけられた骨董類にあらわれているようである。

 そんな店の片隅に、先程の金銅仏が、笑顔で客を出迎えてくれていたのであ

る。 どうやら、「誕生仏」のようだ。

 なぜ?、懐かしく想ったのか、しばし考えていたら、走馬燈のように思い出

されてきたのである。

 あれは、我が御幼少のみぎり…なんちゃって、冗談はおいときまして。 

小学校の低学年の頃か、花は満開、確か四月頃と想ったのですが、お釈迦様の

日でしょうか? 近所にある古寺の本堂正面、緑鮮やかに茂る古木の近くで、

色とりどりの供え花で飾られた、こぢんまりとしたお堂の中央に背丈が二十セ

ンチほどの仏像が祀ってあった記憶がある。

 近所の子供達といっしょに、手には真っ黒くすすけた、あるいはぺこぺこに

へこんだやかんをぶらさげ、又は、表面が傷だらけのアルミニュウム製で、蓋

の上部には、方位磁石のついた遠足用水筒を肩に掛け、砂利道をすりへったゴ

ムゾウリを引っかけ、古寺へ急いだ思い出が、一枚のセピア色の写真のように

脳裏に焼き付いているのである。

 子供ながらに、なぜかはわからなかったけれど、「あまちゃ」なる液体をこ

の仏像の頭のてっぺんから、小さなふしゃくであびせて、拝んでいたように思

う。確かこの仏像、天と地を指さしておられたような…。

そういえば、子供の頃頭からシャワーを浴びたり、風呂場で湯桶のお湯を頭

からかぶった時などによくお釈迦様みたいだね…、と言われた記憶があった。

今では子供とお風呂へ入ったとき、お釈迦様みたいだ。と無意識に何度も

言っているような気がする。 

この「誕生仏」すなわち、お釈迦様は現在のネパール南部の釈迦族の出身で

紀元前五世紀頃、衆生を四苦から救うため、恵まれた生活を捨てて修道の生活

に入り、六年後、悟りを得て仏陀となった。以後四十五年間、その教え(仏教)

を人々説き、遊行を続け八十歳で入滅したと言われている。

生誕後二千五百年ぐらいになるが、釈迦像として祀られ、世界を、人々を見

守ってまた、人々の願いを聞きとどけ、拝む人々の心に安らぎを与えているの

ではないだろうか。

 あと数日で、二十世紀も終焉となるけれど、この二十世紀をお釈迦様はどの

ように見ておられたのだろうか?。

私自身、二十世紀のほぼ中間あたりに生まれ、そして成人し、現在に至って

いるわけであり、社会、経済、行政、法律、教育等…。当たり前として、生き

てきたと思う。

 ここであらためて二十世紀とはどのような時代であったろうか?、と振り返

ってみますと、とは言え、すべてをこの目で見てきたのではないのですが!。

第一次世界大戦、第二次世界大戦があり、広島そして長崎へ原子力爆弾が投

下された、世界で唯一の原爆被災国となってしまった、それにより終戦を迎え

たのである。日本国憲法が公布され、日本は戦争を放棄したのである。

 これにより、平和国家となったが、戦争によりゼロからのスタートとなった

が、人々の、そして国家、企業の並々ならぬ努力と研究開発により、高度成長

を成し遂げ、世界のトップに並ぶ先進国となったのである。

災害から見てみると、関東大震災、阪神大震災、そして火山噴火等により、

自然に対する恐さ、人間の弱さ…、人類は「自然」に生かされているんだとい

うことを改めて認識させられたのである。

又、今世紀に入って、ライト兄弟が空飛ぶ人工の鳥すなわち、飛行機なる物

を発明し、自由に鳥と同じ三次元空間を人間の活動範囲としてしまった。同世

紀の内に、「餅つきうさぎ」の棲むという「月」へロケットで着陸し、人類が

ついにうさぎの餅つきの現場を確認…はできなかったらしいけれど。

 そして、「地球は青かった」と言う事が判明したのである。ん〜。

このように科学技術、交通運輸技術、通信技術、化学技術、医療技術、工業

技術を主とし、あらゆる分野で著しい技術の進歩を成し遂げたのである。

 ただし、これらの功績の反面、地球資源の消耗、環境破壊、地球を破滅させ

かねない原子力爆弾の開発など悪影響をもたらしてしまったのである。

 技術の進歩に対し、人の心の発達とのズレ、あるいは歪み、ストレス、など

によるのか異常犯罪、凶悪犯罪が多発しているのであり、物質面だけではいけ

なく、心の発達、あるいは、安定化、癒しが必要であると思われてきている。

こうして、二十世紀という時代は、過去数千年間だけで見てみても、世界全

体があらゆる分野で 異常に進歩、発達しためまぐるしい、そして、最高レベ

ルの時代ではなかったろうか。二十一世紀は…?。

できるのであれば、お釈迦様に聞いてみたいものだと思いながら、オタマジ

ャクシであらせられる店主の古美術店の店先で、金箔が彫刻の隅にわずか残り、

時代の味を醸し出している金銅仏、人々の崇拝、感謝、願いが込められた歴史

の重さ、そして仏の微笑みからの安堵を、心と触覚そして視覚で感じながら、

鑑賞したのであった。

あと数日で、二十世紀の終焉を迎えるが、世界の終焉にならぬよう、また、

皆様が佳き二十一世紀を迎えられますよう、心からお祈り申し上げます。

徳  峰

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

 

【二行の風物詩…師走の初雪 】

  初雪に、庭の山茶花は白くなり、南天の実は雪の合間から顔をだす。

    子らは雪の中ではしゃぎ、母は焚き火に大掃除、父は百年のすす払い。

  徳  峰

 

bP7【 新世紀元年の正月を大黒、恵比寿とともに  】  

 新世紀元年の正月を、頭に頭巾をかぶり、手には打ち出の小槌をもち、大

きな袋を背負い、米俵の上に立つ大黒天と右手に釣り竿を持ち、左手に釣りあ

げた鯛を抱えた恵比寿とともに迎え、祝ったのであります。

二十一世紀の元年である。百年の計は元年にありとか…。 李朝後期の染付

龍文壺に松竹梅とセンリョウを活け、絵唐津小鉢に福寿草を二、三本植え、馬

の鐙(あぶみ)に乗せ、染付龍文壺と一緒に床へ、正月を彩り飾っています。

センリョウの真っ赤に色付いた実が、染付のコバルトブルー、白磁のホワイ

トとのコントラストが絶妙にグー。

鐙に咲く黄金の小花、福寿草。春恋しと可憐に咲く、あるものは、春待ちど

おしいと体いっぱいに膨らみ、じっと待ち、耐えているのがいじらしくさえ見

えるのである。

そんな正月三日の深夜零時を少しすぎた頃、三日恵比寿の初詣に防寒具に身

を包み家族で出かけるのが、近頃の正月行事となっているのです。

早々に神社へ出向くと、すでに大勢の人々で、にぎわっており、境内の広場

では、炎と火の粉とが天高く仰ぐがごとく舞いあがり、あたかも好景気を示唆

するがごとく、勢いよく燃え上がるのであった。早速、わらに吊り下げた鯛の

供え物をそれぞれ手にして、恵比寿、大黒天に参拝するのでありました。

 二十一世紀、日本の好景気と商売繁盛をお祈りしたのでした。お札と、縁起

物で実物大の「福箕」を受け早々に帰宅、神前に祈り祀ったのでありました。

 さて、七福神である大黒天とは、古くは戦闘神であり、剣を横たえて持った

特異像容であったが、中世以降宝袋を背負い、円満な顔たちの福徳神となった。

厨房に祀られたのは、インドの影響といわれている。恵比寿様は、神話の事代

主神と同一視、又は、海から漂着した神とも言われている。商売繁盛の福神と

して、漁村では、漁の保護神として尊ばれている。

三日恵比寿の初参り後、まだ日の出前の、まどろみのなか、どこかで見覚え

のある、身の丈二メートル位もある大黒、恵比寿様の、『お迎え』の申し入れ

に、何の抵抗もなく、いっしょに同行することになった。

なぜか、無意識のうちに、羽織、袴姿になっているのも気がつかず、付いて

行った先はというと、毘沙門天、弁財天女、福禄寿、寿老人、布袋和尚、つま

り、神々の時空、異次元空間、この世とは思えない異世界であった。そこで見

せられた二十一世紀この世の光景…。

 目の前を、現実とも、映像とも判断がつかないまま、次々とめまぐるしく、

そして、モノクロで、あるいは、フルカラーで、時間と空間が判然とせぬまま

に。佳き事、悪しき出来事、心痛む事件、人々の嬉涙と悲痛な涙、そして、な

にげない日常の出来事に喜び、そして人々と共に涙している者達がいた。

二十一世紀の元年、初夢は骨董市で落札した、身の丈わずか十センチ程度の

黒くすすけた、半ば風化した古木像ではあるけれど、人々に福徳を与え、幸福

を願い、商売繁盛の知恵を授け、世界の平和を数世紀にわたって見守ってきた

であろう、大黒、恵比寿像のお導きであったのである…。

前世紀では、未だ終結せぬ戦争、今世紀中には地球上から「戦争」と言う文

字が忘れ去られてほしいものである。

自然災害も根絶とはいかないにせよ、科学の力をもってして、最小限の被害

にくい止められるよう全勢力をつぎ込む事が肝要と言えるのではないでしょう

か。なぜなら、従来は、戦争のための新兵器開発の効果が、その応用として人

類に貢献されると言う、皮肉な現状であったのである。二十一世紀は、決して

戦争の為でなくて、世界人類共存の為に、科学力の向上、また、全勢力を尽く

すべきものであると考えられるのです。

 今こうして、根来角切折敷の上に瀬戸の石皿、盛りつけられた数々のおせち

に舌づつみし。日の出鶴文様の朱塗蒔絵腕で、この地方特有の醤油仕立て、角

餅に餅菜だけのあっさり雑煮を味わい、二十一世紀元年の正月を祝うことので

きる幸福をかみしめるのである。

 世界中で、佳き事、人々の嬉涙だけを分かち合える世紀になってほいものだ

と、身の丈十センチあまりの大黒、恵比寿像に心から祈るものである。

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

徳 峰

【二行の風物詩…正月の遊び】

正月の子供たちの遊び、凧揚げ、羽根つき、独楽回し、そんな遊びは

  二十世紀の遺物になってしまいそう、伝統文化は二十一世紀も。

徳 峰

 

bP8【 雪国の古美術店で  】  

列車を降りると雪の山村だった。そんな山村で、人生のあり方を考えさせら

れたのでした。

深々と降りしきる粉雪の遙か向こうには、うっすらと、まるで薄墨の山水画

を想わせるかのような山々が連なっている。線路沿いにしばらく歩くと、積雪

が大変似合う茅葺きの古家で、「古美術、古民芸」を商っている店があった。

 お隣は遙か遠い、大変ひなびたところである。趣のある格子の窓、大八車の

車輪と石臼の群が飾ってあるが、なかば雪に埋もれてしまっている。

 軒先の山茶花のピンクと、南天の真っ赤な実の房が、白雪と対比して、ひとき

わ美しく、感動をおぼえた。

肌を刺す風の冷たさに、思わず格子戸を開け、飛び込んでしまいました。

店内には、薪ストーブが置かれ、風の冷たさに飛び込んできた客を、優しく

迎えていれてくれるのであった。赤とオレンジ、炎と火の粉が、赤々と、そし

て、めらめらと、ときには、パチパチと鳴り燃えるさまは、やはり、暖房の原

点なのかと思うのでした。

いきなり、「コーヒーか甘酒のどちらがおよろしいですか」と店主の声に、と

まどいながら、「苦みが強くて、一寸酸味があるといいな、シュガーはやはり、

低カロリーの物を少量、ミルクは絶対入れたくないな。…でもな、甘酒か、懐

かしい響きだなあ…、子供の頃、そういえば、神社の露天でよく甘酒をのんだ

よなー。当時は、甘いおやつが少なかったので、甘酒が大変うまかった思い出

がある、でも、ショウガ味がちょっとな…。」

あのー、「コーヒーにしてください」と、思わず返事をしていた。

 おやじさんの「まあ、お掛けなさいな」の声で、丸太のくりぬきで作られた

、黒光りした時代腰掛けに、腰をおろすのでした。古伊万里の猪口で、コーヒ

ーをいただきながら、目は店内を物色していたのである。

ふと、かたわらを見れば、江戸後期かあるいは、明治初期頃の行灯。

 朱赤うるし仕上げの曲げわっぱ造り、外周には和紙貼り、妙に使い込まれ

たろうそく立ての金具が、とても暖かく、また優しく感じられた。

 この行灯のろうそくの明かりだけをたよりに子供達は、あるいは、未来を模

索した若き獅子達は、何を思いめぐらし、書物を読み、勉学に励んだのであろ

うか。

現代人であれば、ほとんど薄暗くて、もやもやとしたろうそくの明かりでは

まともに書物など読めないのではないだろうか、そのような状況の中でも、あ

たりまえのごとく、彼らは「情熱」を燃やし、その明かりで 勉学に励んだの

であろう。

現代の我々も、もっと努力せねばと思わずにはいられない感じがするのでし

た。最近、「楽しく人生を過ごしたい、そのために労働をする。」このような

考え方の人達か゛大変多いと言われています。

戦後、どん底から、ハングリー精神をもち、必死で努力し、現在の日本にな

ったと聞きます、やはり、全てに対して最善を尽くし努力する、努力なくして

将来はあり得ない。…と思うのですが。

「冬来たりなば春遠からじ」のことわざもあるように、 楽しさ求める人生よ

り、つらさ、苦しさを乗り越える努力、忍耐、成し遂げられた時のすばらしさ

、楽しさは何百倍の価値と人生の生き甲斐となるであろう。

「積雪に、こうべをたれるススキかな」どこかで聞いたような…。いまにも

折れそうな細い茎で、積雪と風に押し倒されてしまいそうであり、まさに、現

在の日本経済のようである。、いつか来るであろう雪解けを、じっと耐え、待

ち続けているススキの強靱さ、忍耐力を見習って生きていきたいものだ゛と思

うのです。

コーヒーを飲みほして、前方に視線をむけると、十五センチ程度の灯火器が

目にはいった。たぶん神仏用お灯明器だとおもわれる。古瀬戸だと思われる鉄

釉が美しく,取っ手付きのデザインがユニークで楽しく、下部だけ無釉となっ

ていて素朴さをかもしだしている。 

 猫足の飾りの付いた李朝の書案(ソアン)に、この鉄釉の灯火器に明かりを

灯し、こぶりの李朝粉引徳利にロウバイの小枝、ロウでできた黄金の可憐な小

花が数個、そこまで来ている春を感じさせるようだ。手元には、古木のくりぬ

きに蒔絵をほどこした手あぶりに、少しの炭を起こし暖をとる。

 深々と降りしきる雪の晩、灯火器の明かりだけを頼りに読み物でも、障子に

うつる、お灯明の揺れ動く明かりに時の経過を感ぜずにはいられない。

 ふと、左手で形作った狐の形…、影絵。そういえば子供の頃、兄弟や友達で、

裸電球の決して明るくない障子の両側に分かれ、楽しく影絵の遊びをしていた

事が思いだされた。自分だけの影絵を、子供なりに一生懸命、友達をびっくりさ

せようと、考え演じたものであった。

テレビすら無い時代であるが、今一度振り返って体験したいものだ。今人々

が忘れかけている大切な事を思い出させてくれる事だろう。、また、若者なら

一度体験してみてもらいたいのです、あまりに、便利になりすぎた現代ではあ

るが、「創造する」という大切な事をきっと思い出すのではないでしょうか。

 「温故知新」のことわざもありますように、二千一年はこのような事からは

じめてみたいものだと考えています。静寂のなか、障子にうつる灯火器の揺れ

動く明かりを見つめながら、ふと、そう思うのでした。

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【二行の風物詩…白雪の地平線】 徳  峰

白雪の佳日、晴天のブルー、大地のホワイト、地平線のジグザグは、

  遠くの山脈に林、山村につづく足跡が、あたかも天に昇るがごとく。 

 

bP9【黒い糸に結ばれて…  】  

江戸の町、九尺二間の裏長屋、大寒過ぎの頃、「てやんでぇ、べらぼーめぇ」

と威勢のよい大工の熊さん、ねじり鉢巻きで、肩に大工道具箱をひょいと担ぎ、

「おっかあー、ちょいと行って来るぜ…」、 そんな、熊さんと黒い糸で結ば

れていたのでした。

ここは、山村片田舎、一軒の骨董屋、「こんちわー、ちょっと品物を見せてく

ださーい」と挨拶もそこそこに、目はすでに店内を物色済み。

 にこにこ恵比寿顔のご主人にすすめられて、いろりで暖をとる。黒光りした

鯛に、いぶし時代色の竹の自在鉤。吊られた鉄鍋には、猪肉と野菜のみそ仕立

て汁鍋の香りがいかにも、食欲をそそるのであった。

 根来の大振り椀に、使い込まれた木杓子で、ゆげのあがる汁をそそぎ、「暖ま

りますからどうぞ」とだされた。そりゃあもう、絶品なうまさであった。

 高い天井、すすけた梁組の店内、時代色の木工品と、古陶磁があふれかえっ

ている。そんななか一際目に付いた、 梁から吊り下げられている墨壺たち。

そう!裏長屋の大工の熊さんが、自分でつくった墨壺?…。決してあか抜けは

していないが、黒光りした、使い込まれた丸み、色が、とても暖かく感ぜずに

はいられない。 

 この墨壺とは、大工その他の職人が、墨を湿らした糸で直線を引くのに使っ

た道具であり、中国で生まれ伝来も古く、正倉院御物にも納められている。

 大工が自分で使う必需品として思いを込めて作った物が多いとか。

いま、こうして墨壺を手にしていると、「てやんでぇ、べらぼーめぇ」熊さん

とまさに、時代を越えて、墨壺の黒い糸で結ばれているような気がしてならない

のである。

 もう一品気になった物に脇の棚に木彫り彩色の獅子をあしらった、社寺装飾

の一部と思われる細工物。彩色の絵の具のはがれが、時代経過をあらわしてい

る。土台の金箔は今も健在で、いにしえの輝きを発散している。近辺山村、社

寺からでたものらしい。

 建築の彫刻といえば、 日光東照宮の彫刻で超有名な、左甚五郎。彫刻の細

工物の競争で、ネズミをテーマに制作したそうな。ネズミだけに、審判を猫に

させたのだそうだ。このネズミの細工物を見るや、甚五郎作のネズミをいきな

りくわえ走り去ったそうな。「ほう、甚五郎のネズミは、猫もだまされる位の

出来だ」と観衆が大騒ぎ。 実は、甚五郎は、大変なアイディアマン、木彫り

でなくて、鰹節でネズミを作ったと言う浪花節の一節。

 どんなに時代が変わっても、又、現在のように不景気でリストラされるこの

時代、手に職を付けるという事。そして、何事に対しても、創造力とアイディ

アが、必要となってくるのである、創造力とアイディアの大切さを考えさせら

れる話である。

「コーン」と、にこにこ恵比寿顔のご主人。いぶし銀製、全面見事な菊の彫

刻入りキセルで煙草盆を叩いた音で、大工の熊さんが棲む裏長屋から、古民具

一杯の山村片田舎、一軒の骨董屋へ黒い糸を頼りに無事到着?。

     徳  峰

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bQ0【へっついと五右衛門風呂  】  

二月二十日は、地元の秋葉山、春の大祭。風の冷たさでは、日本一と言われ

る、ご当地名物、伊吹颪の冷風も和らいで、春の気配が一段と感じられる日々

となってきたある日、古くからの友人が実家を訪ねるので、同行しないかのお

誘いで、喜んで付いていったのです。片田舎の山村で古民芸について考えさせ

られたのでした。

 前日は、旅支度も完璧…。愛車ランドクルーザー八○でドライブのため、大

事をとって早めの就寝、と思ってはみたものゝ、夜中までの特急仕事、何とか片

づけ、やれやれの一杯は、李朝徳利と古備前のぐい呑み。あゝ、はらわたにし

みるなあ…、と思ったら、意識不明の高いびき、気が付いたときには、早朝出

発の時間でした。

友人を同乗させ、いざ北方をめざして出陣!。国道をした走りし、渓流沿い

にしばらく走ったのである。途中、渓流釣りをする事も目的のひとつであった。

 源流近くまで、車を進めこれよりは、車が入れぬので徒歩となった。

 まだまだ初春ではあるが、残雪が多く、雪解け混じりの水音が快く、寒ささ

え忘れ、ストレスにより疲れ切った我が心を癒してくれていたのである。

解禁まがない渓流で、いわな、あまごを求め、静かに水音に耳を傾け、自然

と一体に解け合うがごとく、糸をたれる至福のひとときであった…。

 あたりがない。おっと!、餌を付けるのを忘れてしまっていたのでした。

 釣果は、ちょいと小さいけれど、天然あまごが三尾。今時の時期で出会えた

感動と、美しい魚体に感動し再会を願い放流し、旅を急いだ。

 やっとこせ、着いた友人の生家。東西南北のすべてが、山々に囲まれた小さ

な山村であったのです。こぢんまりとした茅葺き屋根の家で、屋根から突き出

た煙突からは、暮らしの香りを感じさせてくれる白煙が立ち上り山々の間にし

みこんでいくみたいだ。この白煙我々の為に、顔中しわだらけで腰は少々曲が

ってはいるが、顔の光沢が良い年老いた友人の母親が、五右衛門風呂を仕立て

ていてくれていたのでした。 早速、浮き板の上は天国、下は地獄の五右衛門

風呂をいただいた。小学生の時以来だから、約四十年ぶりの懐かしい五右衛門

風呂であった。

風呂上がり、いろりを囲み、瀬戸馬目皿に盛りつけされた山菜煮物を肴に

熱燗の地酒を古瀬戸鉄釉徳利、ぐい呑で一献いただく。蛸唐草のなます皿で雉

鍋をお相伴。ふと、土間をみると使い込まれたへっつい(かまど)には、赤々

と時にはオレンジ色の炎で薪が威勢良く燃えている。五右衛門風呂の浮き板下

は地獄とはこの事である。

友人が育ってきた環境、生活空間が、ほぼ現在もそのままであった。我が事

のように、大変懐かしい思いがしてならないのである。

人類をはじめ、生き物は、死して子孫を残し、「血」なるものを引き継いで

いく。古民芸をはじめ、制作され使い込まれた物は、先人の心と、大切にされ

今日まで受け継がれてきた歴史がしみこんでいるのである、現在を生きる我々

は古民芸など、先人のメッセージを次世代に引き渡す役割があるのではないか

と考えるのです。

伊万里染付そば猪口に、へっついの茶釜から番茶をついでもらい、しばし、

赤々と燃える炎を眺め、ふと、我が子供の頃、かまどのひとつには、必ず茶釜

に温かい番茶がわいていた事と、かまどの前には、いつも、笑顔で昔話をして

くれた祖母の顔があった事を思い出していたのでした。

外は静かで、小川の流れるせせらぎと、水車の回転する音だけが、時を刻ん

でいるかのようだ。

徳  峰

 

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《丹羽ライオンズクラブ会報 掲載》

bQ4    【古屋で出会った乳幼児用つぐら】
bQ2    【五条川春爛漫】

bQ1【中国後漢緑釉銀化犬  】  

 

桃の花がもうそろそろ満開だと言うのに、小雪がちらつく三月の肌寒い日、

博物館での「古代中国文物展」を見学するため、足を運んだ。そこで、鈍い銀

色に光る動物、壺などを発見、その中には、愛嬌ものゝ犬がいたのでした。

中国後漢時代(西暦二五〜二二十)の明器、緑釉狗(りょくゆういぬ)であ

る。高さ三十センチ程度で、首には、たいへん立派な首輪をつけている。中国

では漢時代から、犬は家庭で飼われていたという。

 鉛釉である緑釉が土中にて、大気と水分の溶蝕をうけ、化学変化して、銀白

色の膜ができる、大変美しい純銀の光沢、あるいは、いぶし銀色に輝く 陶器の

犬である。おそらく、主人と一緒に埋葬された飼い犬の身代わり陶犬(明器)

であろうと思われる。

さて犬とは、家畜の中でももっとも古い歴史をもち、紀元前一万年に、スコ

ットランドとデンマークで、飼い犬としての遺跡が残存。 人類と家畜として

の犬は一万年以上のつきあいがあるらしい!。

 人類が穴居時代、原始的生活をしていたとき、人類と共存していた。人類の

食べ残しの肉を餌としていた、反面、人類への、野獣の夜襲に対し、犬たちが

警戒の声を発するため、相互関係ができたらしい。

 我が人生、もう少しで半世紀になろうとしているが、考えてみると、物心つ

いたころから、今日まで、飼い犬のいない時がなかったのである。

 秋田犬、スピッツ、柴犬、コリー、ダルメシアンなど、血統書付き、そして、

雑種。子犬から、成犬から、または、いわゆる私生児と呼ばれる自家繁殖、い

ろんな犬種の犬を飼っていたのであったが、なぜか、全ての名前が、「トミ」

犬種によっては、「富」、「とみ」、「TOMI」、「トミー」…。

  どうも、「富む」の文字から、名前を付けたようである。私の先代、あるい

は先々代からではないかと思われる。我が家では、飼い犬の名前だけがが世襲

制になって、少なくとも五十年以上たっているのです。これもひとつの歴史か

と思います。

人類と飼い犬のつきあいが、一万二千年になるということであるが、ここ数

年で、なぜか、「犬のお散歩公害」なるものが騒がれ、飼い主が手にシャベル、

袋を持って妙な犬のお散歩となっている。

 自己主義のため、何でも公害として叫ぶ者達、それを政治の道具として利用

する者、又、やはり自己主義で道路の真ん中、他人の玄関の前でも平気で、あ

りがたくないおみやげを放置するというモラル欠如の者達の為に、犬の散歩、

そして、飼い主、飼い犬が形見の狭い思いをしている。

昨日や今日になって急に公害になってたまるか!、「ダイオキシンとは違う

んだ、地球温暖化にも何の影響もないのだ。」といいたいのです。今では、影

を潜めた、社会のルールであり常識である「道徳」なるものを復活するべきで

はないかと思うのです。

 小雪の翌日、朝日が眩しいよく晴れた早朝、待ち望んでいたかのように、柴

犬「とみ」の小屋隣に黄金の花を五分咲きしているサンシュユの下枝で、ホー

ホケッキョ…、ホーホケッキョ…。鶯が一羽、春を告げている。 車の少ない

朝一番のひととき、春を感じる事ができたのでした。

 さっそく、古常滑壺に、サンシュユの小枝と桃の枝を差し、すいせんも数

本あしらって、春花色彩コントラストと初春の香りを味わうのでした。

愛犬をつれ、野点茶器セットをぶらさげて、五条川の堤で、たんぽぽとつく

しを眺め、お茶を一服、ほのかな苦みとまろやかな甘みの抹茶とともに、春の

陽香をのどごしに味わいたいものです。

徳 峰

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a@22 【五条川春爛漫】

  透きとおるようなスカイブルー、そんな青空を見上げていると、自分が今

置かれている次元が、何時なのか、どこなのか、何なのか、判らなくなってし

まいそうである。そんな桜満開の五条川堤の春爛漫、何とも…、いい気持ち。

  この五条川、尾張の国、犬山市から庄内川につながる一級河川で、堤が、尾

北自然歩道になっている。とくに、大口町を北から南に縦断し、江南市、岩倉

市迄の十三キロメートルで、約四千本の桜花は、「さくら名所百選」に選ばれ、

桜並木としては、日本で二番目の長さといわれている。 

  そう、この五条川で産湯をつかり、きょうまで、楽しさ、悲しさ、うれしさ、

寂しさなど、その時々の桜花とともに、暮らしてきたのである。

 さて、数人の仲間と青空のした、花見と洒落こんだものでした。

 宴もたけなわ…、ふと見ると、隣の花見客は、十数人の宴、 堤には、花筵を

曳き、紅白の幕を張り、春陽の光にさざ波が眩しく、きらきらと輝く川面にせ

り出した桟敷には、緋毛氈が曳きつめられ、桜花との色彩のコントラストがす

ばらしいのである。桜花には、緋紅とスカイブルーが大変よく似合う。

  唐津のぐいのみで冷酒、一寸甘口、のどごしがさわやか、古伊万里の徳利

がすぐに空…、そんな感じに見受けられるのであった。

   根来足つき角盆には、山菜の煮付けなどが、春の彩りをそえている。その横

には豪華な蒔絵野弁当のお重にそれぞれ海の幸、山の幸がぎっしりとあふれん

ばかりに詰め込まれている。お重に描かれた蒔絵金彩の山水画がすばらしい。

  錫製の徳利もまた新鮮でもある。片隅では、炭焼き豆腐田楽の香ばしさが、

花見客の足を止めているかのようだ。商家の旦那衆の宴とお見うけいたした。

 たいへん恰幅のよい色艶のよい顔をしたご主人、銀首のキセルで一服、腰に

は一風変わった根付けが見える、よく見れば、「六連発鉄砲形根付」で、取っ手

の部分には、紐とおし用の孔に、桜意匠の細工金具がついていて、花見にぴっ

たりの品である。鬢付油の香りとともに、心憎い男のおしゃれであろうか。

  なかには、十手を帯に差した御仁もみえる。

  浄瑠璃かたりに、俳句、そして、三味線混じりとレパートリーが大変ひろい

のである。  宴の熱気、そして田楽を焼く炭火のせいか、妙に彼らの周囲の桜

はいち早く満開になっているような気がするのである。

  ふと、肩を叩かれ、我にかえった、どうも花見酒と桜花の幻想に酔い異次元

の世界に、いや、夢の中での花見宴に身をおいていたようであった。

  そういえば、桜の花ほど咲く状況を気にされる花はないのではないか。

 一分咲きから始まって、二分、…五分、…九分咲き、満開、花曇り、花吹雪、

雨の桜、すべてが褒め言葉であり、決して、けなすような事は言わないようだ。

 それくらい桜花は人々に愛されていると言ってよいのではないだろうか。

  一年の始まりは元旦ですが、なぜか、桜咲く四月が花と共に一年が始まる

んだ、そんな気がしてなりません。

 じっと寒く長い冬を耐えて、いよいよ、花が咲き、結実していこうとする春

こそが、本来、年の始まりではないのか、そんな気がしてならないのである。

  李朝雨漏り粉引盃で、辛口熱燗を味わいながら、広重版画「東都名所吉原仲

の町」を見ていると、時代は変われど、桜花に対する思いはいつの時代でも変

わらないのだなと、つくづく思うのであった。     平和春爛漫

                                                       徳 峰

 

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         bQ3            【 刺し子の火消し半纏 】

 

 藤の花が咲き乱れ、透きとおるような青空には、鯉たちが威勢良く遊泳し、

新緑の香り大気をも包む、そんなある日、骨董業者市に立ち寄って「い組」の

伊三郎に出会った…のであった。

 桜木も花から一変し、歌舞伎役者の早変わりのごとく、新緑に移変してしま

った、黒幹と鮮緑との色彩のコントラストは花にも劣らぬ美しさがあり、四季

の一風物的味わいが感じられるのである。

  そんな緑桜木の長いトンネルを、鮮緑香を体内に吸収しながらくぐり抜け、

 業者市の会場へと車を走らせたのである。

 早速、会場に入ってみると、丁寧に時代箱から取りだし品物を並べる者、二

三人寄り集まって、なにやら熱い激論を交わす者達、ある者は品物を手に取

りうなずき、ある時は長い沈黙の末、頭を右二八度から左斜め下方にひねり気

味に傾ける仕草、きっと手に持った商品が検討の結果どうしても納得がいかな

かったのであろうか。

 会場の隅の一角に、中年古美術商の女主人が、おもむろに大風呂敷を解き、

古布類を取り出した、と言うよりまるで虫干しのごとく。

 なにせ、うぶだし品、番頭さんらしき人物が、ぱたぱたと品物をはたいた瞬

間、会場に立ち上る古のほこりと歴史の香りは、古美術愛好家にはたまらぬ芳

香…ではなかろうか、咳き込みそうではあるけれど。

 使い込まれ色あせた色彩、時代のある柄、、その中に、数枚の「刺し子の火

消し半纏」背中全体に色鮮やかに歌舞伎役者の文様、または、凛々しい横綱の

図柄、そして、それらの中で目にとまった物が、背中央に大きく「い」の文字、

裏地に「い組・伊三郎」の名を見つけたのであった。

 この伊三郎、父親を仕事先での火事で亡くして、威勢のいい母親に育てられ

ているが、小さい時から、定番アサリ売り、こっぱ売りなど、あらゆるアルバ

イトをして家計を助けた。大変才有る青年に成長し、人のため、命を張る火消

しとなったのである。腕と度胸は人並みはずれ抜群で、人情に厚く、人の上に

立つ才覚を備えていた為、若衆の頃から「い組」の伊三郎と火消し仲間では兄

い格であった。背からかいなには火伏せの昇龍の刺青「い組」の伊三郎が駆け

つければ火事が下火になると言われ、又、困っている人が居れば財布ごと与え

てしまうと言う江戸っ子である。まさに、絵に描いたような好人物であった…。

 「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるくらい火事が大変多かったようである。

現在のように、科学消防車、梯子車など無い時代ではあるが、高さ九メートル

の火の見櫓から、火災発生の知らせを太鼓と半鐘で「ドン、ジャン、ドン、ジ

ャン」と知らせたと言う。道具はお粗末ではあるが、町火消は現在に劣らぬ程

の仲間同士の連携消火がすばらしかったようである。消火すると、手締めをし

て、整列し、纏を高らかに鳶口片手に木遣りを歌い、さっそうと引き上げてい

く、まことに威勢の良い江戸っ子の心意気が感じられるのである。

 こんな伊三郎を身近に感じさせる「刺し子の火消し半纏」に出会ったのであ

った。威勢の良い江戸っ子の心意気で、鳶口片手にさっそうと市の会場から

帰途についたのであった。    祈る火の用心

                                                     徳 峰

 

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      bQ4        【 古屋で出会った乳幼児用つぐら 】       

                                              

  山々では緑色グラデーションが素晴らしく、庭や野原には草花が咲き乱れ、

大変、目に優しいすがすがしい季節である。

  そんなある日、山村の古屋のお宅を訪ねることになった、そのお宅で、丸太

でできた「乳幼児用つぐら」に出会い、長い歳月と愛情をかけられ、何人もの

子供達が巣立ったのだと思い、感動を覚えたのであった。

  鮮緑のなか、体内一杯森林浴しながら川沿いの道路を走っている。朝日に反

射したちゃらせの浅瀬に目をやると、カルガモの親子が例のように一列に並び

泳いでいる、又ある時には、雛鳥に何かしきりに世話をやいているようだ。

 古家のお宅 へ到着し、車から下りてみると目に入ったのが、雛数羽と親鶏ら

しき地鶏の親子が、放し飼いされていた。

 「こっ、こっ、こっ」と親鶏が雛に餌の在処を教えていたのであろう、雛た

ちが一斉に、「ぴよ、ぴよ、ぴよ」と親鶏のくちばしの示す場所へ駆け寄って

いる。しばらくその光景を眺めて居たところへ、野良猫の襲撃があった。

 親鶏たちは、雛を草むらに逃がし、一斉に野良猫に立ち向かったのである、

野天で生活し、夜露を受けた羽根を持つ鶏は、鷲のごとく空中を飛来できるの

である。そんな、親鶏達の三次元的攻撃と退避の繰り返し、そして雄鶏のキツ

ーイ剣爪での蹴りの一撃をもらって、ついに野良猫くんも立ち去ってしまった

のである。

  「いらっしゃい」、家人の出迎えで、いにしえと燻気香る、茅葺き家内にお

じゃましたのである。

  まあ、まあ」と、いろりへ導いてくださるご主人。丁寧に磨き上げ、黒い

光沢、今にも飛び跳ねんばかりの鯉の横木が躍動的で素晴らしく、カギ先の鉄

瓶はお湯の沸騰を告げる音色をかなでている。正面にはおおぶりの李朝箪笥、素

朴な造りに黒光りした個性的な金具がたまらない魅力である、箪笥の中央には、

対象的な白磁李朝染付草文細口壺に深紅の牡丹一輪がシックな空間に豪快に咲

き誇っているのである。

  「にゃー、にゃー」の可愛い合唱にふと部屋の隅に目をやると、たいそう使

いこまれた猫つぐら、一世紀も前からその場所に存在しているかに思えた、中

央にポカリと開いた丸い孔を覗きこむと子猫が数匹、じゃれあっていたのであ

る。猫つぐらの隣で、母猫の「クロ」が優しそうな目で、孔中の子猫たちを見

守っているようであった、私と並んで。

  李朝箪笥の反対側に、物入れとして今も使われている直径四五センチもの丸

太のくりぬき上部に紐通し用の孔が四つ、これも暖かみを持った濃褐色の光沢

をもつ「乳幼児用つぐら」であった。作業をするとき、 乳幼児を布団にくるみ

寝かしておく道具、愛情を込めたくさんの子供達を送り出したであろう歳月の

経過、風情と風格が感じられるのである。

  そういえば、最近、「幼児虐待」という言葉を、いや、事件をよく耳にする、

特に、自分の子供への虐待と言う考えられない事件があとをたたないのである。

 自分の体を張って敵と戦う親鶏などと比べると、自分の子供への虐待など全

く、動物以下ではないのか。

 愛児より、自分本位の事しか考えられない心の成長が停止したとでも言おうか

、人の親になる資格のない、畜生以下の人間ではないだろうか。

 科学、経済等は急速に進歩し、生活は楽で快適だが、心の発達と進歩が遅れ

ているとしか思えない。「自由」とは素晴らしいことであるし、自由に振る舞う

事は、また、自由ではあるが、「自分勝手、すなわち自己中心的行動の自由」と

「自由」は全く違うのである。

 優しい母猫クロに見送られ、森林の緑中に溶けこむがごとく古屋をあとにし

たのである。

    虐待、殺人、強盗、戦争のない平和な世界になってほしいものである。

 

徳 峰

 

 

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  bQ5【 あじさいと十手 】         

  

  庭に、しとしと梅雨の雨、気分は憂鬱、ただ、救われるのは、あじさいの花

のブルーとピンクの色彩が、そして、カタツムリの愛らしさが。

  そんな、梅雨のなか、雨に映える緑の山々の似合う、京都に急いだ。

 気分は憂鬱だけれど、農家では大切な雨、そう田植えの水である。この地区

でも、あちこちの田で一斉に田植えが始まっている。といっても、私の子供時

代の記憶で、近所の農家では、数日かかる一家総出の田植え作業。だが今では、

機械で一日足らずで終わってしまうという事らしい。近所の老人曰く、「午前

午後のいっぷくは、田の畦に筵をひいて、お茶に茶菓子が楽しみだったのが、

今では、機械植えのため、休憩する暇も無いがね。」と、しわくちゃで、真っ黒

に、日焼けと酒焼けした笑顔で語ってくれた。楽にはなったが、やはり、少し

寂しい年中行事になったと言うことらしい。

 しとしと梅雨の雨 蛙の合唱を聞きながら、京都の骨董店の暖簾をくぐっ

たのであった。店内をみわたすと、地域がら、仏教美術の品物が多いようにみ

うけられたのである。

  或る古仏と対面した。慈悲深げなまなざし、優しさ、ずっとお姿を見ている

と、現実の多忙さが、何なのだろう、こんな静寂な時間、空間、次元が、この

世にあるのだなんて…。自分自身を取り戻さなくては、そんな、一時を過ごさ

せていただいた、仏の力の偉大さみたいなものを感じたのであった。

  そんな、なにがしかの時の経過後、ふと、右手の刀掛けに目がとまった。掛

けてあったのは、地方代官使用と思われる、十手が二本。一本は鉄丸棒に象嵌

模様入り、鮫皮の取って付き、綱よれ太鼓鍔つき、竹節鉤、柄を左に回転する

と、刃渡り十センチあまりの小刀付き、仕込み十手であった。他の一本は全体

が鮫皮で銅金具、同じく銅製の鍔付き、鉄丸先細十手で短刀拵え鞘付の一品であ

った。  両方とも、小物、岡っ引きの持てる品では無いと言うことは一目見て

判ったのである。

  この十手、どんな捕り物に使われたのか、そして、何人の下手人を御用にし、

お縄にしたのだろうか、あるいは、江戸庶民の人生の喜怒哀楽を見てきているの

だろうか。それにしても、江戸時代は、「十両(約百万円)」盗むと死罪だと言

う。また、「遠島の刑」は、ほとんどは終身刑であり、島での生活は全く保証

されないという。島では、自分で雨しのぎの小屋を建て、野草などを食べて飢

えをしのぐ、そのため、自滅者、島抜けして海での溺死者が続発したという、

死刑より重い刑だったようだ。

  現代ではどうか、ストーカーで幼なじみに嫌われ、逆恨みをして、その女性

を殺す、こんな犯人でも、無期懲役。無期懲役 と言うことは、恩赦などで簡

単に、世の中に舞い戻ってくるという恐ろしい事実である。

 何年か以前ではあるが、或る事件で、落ち目の時に世話になった愛人を、再

出発に際して邪魔になったとして、自分の利益の為に殺害、獄中において、反

省して態度が良いとかの理由で、特に早く出所したとか。今では社会に復帰し

ている。 このように、殺人をしても、反省し、改心すれば、社会に復帰でき

るような軽い刑罰、 それに、最近騒がれている「死刑廃止論」、又、受刑者の

人権の改善など、とんでもない話であると思うのであるが。

   このような、現代の対応では、悪質な凶悪犯罪が増える事は当然である。

例えば、江戸時代位の刑罰を与えれば、今よりは少なくとも、世の中犯罪も減

少するのではないだろうか。重刑になれば、人間ならば罪は犯さなくなるだろ

う。子供でも簡単に理解できる話である。

 又、本当に、被害者の事を考えている裁判が行われているのであろうか、あ

まりにも加害者の将来の事ばかりを考えすぎた裁判が行われていないだろうか。

 「死刑推進論」が出てきても良いではないか、「目には目を、歯には歯を」現

在のように、前代未聞の凶悪犯罪頻発の時代には、これしかないような気がする

のである。

 社会の規律、法律を厳しくし、国民にしっかりと知らしめる事が重要であり、

それが犯罪を抑制し、結果、社会を良くしていく事になっていくと思うのであ

る。  そんな続発する凶悪犯罪に腹立たしい思いを抱きながら、二本の十手を

握りしめ、代官になった気持ちで店をあとにしたのである。

                                                    徳 峰

 

 

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       bQ6               【古新聞でくるまれた骨董】  

 

  七月の時期ともなると、ここ尾張地方は、梅雨と、雨間の日差しの強さと湿

気がたいへん多く、すごく蒸し暑い気候となっています。ほとんど、サウナ状

態と他国の人は口々に言います。「今日も、蒸しあっついなも」とは隣の老人。

 そんな、蒸しあっついある日、冷えた切子ガラスの麦茶、切子の唇に触れる

感触、そして、冷たーい麦茶が、熱い喉にしみていく、何よりのご馳走であり、

もてなしでもある、まさに至福の喜びといえるのである。

 そんな接待を受けた、或る城下町の骨董店で、古新聞にくるまれた品物を見

せてもらったのである。店主が慎重に古新聞から取りだした品とは、宝玉を天

に仰ぐ龍の香炉であった。、三次元空間を自由自在に豪泳するかのような肢体

の意匠が、躍動感があり、見る者を引きつけるのである。

 巾二七センチ、高さ二一センチで宝玉が香炉になっている。肢体は写実では

ないのであるが、デフォルメされたデザインが、なぜか逆にリアルに写るので

あるようだ。宝玉香炉の蓋を開け内部を確認したところ、かなり長い間使用さ

れた感じをうけたのである。龍の腹部には、「竹雲」の彫銘がある、この竹雲

なる人物、なかなかの金工家と思われる。

 この龍、おおぶりであるので、仏閣、あるいは、武家か商家の床間に宝玉か

ら香煙を上げ、守り神として鎮座していたであろうと、大切にされてきた様子

でうかがわれるのである。

  初出しの品物らしく、茶色っぽく古色に変色した新聞紙にくるまれているの

であった。

   新聞紙にくるまれると言えば、子供時代、近くの駄菓子やへ行くと、必ず

と言っていいほど、優しい目をしたおばあさんが、新聞紙とか、マンガ本で、

おそらくは、夜なべして作ったのであろう簡単な紙袋に駄菓子などを入れてく

れた。又、露天の鯛焼きから、八百屋のキュウリ、なすまでほとんどと言って

良いほど、新聞紙にくるまれていたのでした。

 ところうが、今日では、スーパーへ行けば、キュウリ、なすなど、発砲スチ

ロールトレイにフィルムラップで梱包、ボールペン一本でもポリ袋入り、贈答

品ときたら、品物を取りだしたら、半分以上が梱包材、これでは、一部リサイ

クルされているものゝ、貴重な地球資源を使い、ゴミの山を製造。又、ゴミを

燃やせば、地球温暖化へ悪影響。…シンプルライフ!。

 これからの商品は、不必要な梱包、ケース、風袋など、百パーセントをリサ

イクルできる素材で製作する、あるいは、包装そのものを省略する。

 いまでは、商品が美しく見える!、美味しそうに見える!、このような商品

を選定してはならないし、また、こんな消費者は少なくなっていると思われる。

 メーカーサイドで、どうしても包装、ケースが必要なら、それらの消費が完

了した時点で、無料回収し、リサイクルすべきであると思うのです。

 ゴミの山の始末を消費者側だけに負担させるべきではない。メーカーは、商

品の製作、販売、使用済み梱包、ケース、風袋のリサイクルを業務内容とすれ

ば良いと思うのである。

  温故知新…昔の駄菓子やの優しい目をしたおばあさんの事を、メーカー、消

費者ともが思い出し、考え直さなくてはならないのではないだろうか。

  或る城下町の骨董店で、優しい目をしたおじいさんの店主から、セピヤ色の

古新聞にくるまれた、宝玉を天に仰ぐ龍の香炉を譲り受け、藍染め古布の風呂

敷にくるみ小脇に抱えこみ、 不必要な梱包、ケース、風袋が自粛される希望

を掌に握りしめ、夜汽車に飛び乗ったのであった。             

  この美しい自然と、城下町 を何時までも守っていくために。

 

                                                   徳 峰

 

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     NO.27                    【 鐔と創造 】               

  21世紀初めての夏、異常に暑い、地球温暖化を思い知らされる日々が続い

ている、そんな気がしてならないのである。

  それでも朝夕、少しは涼しくなった晩夏の夕方、知人のお宅を訪問し、鐔(

つば)を拝見する事になったのである。

 夏の夕暮れとともに、どこからとなく聞こえてくる夏の風物詩、「盆踊り」

威勢の良い曲と、太鼓の響き、むせかえるような暑さに、浴衣姿が涼しさを醸

し出しているようだ。

 夜店の一寸怪しい金魚やのおやじさんと、虫たちが飛び回る、やや薄暗い裸

電球の明かりが、金魚すくいの赤い金魚と水面を照らしているのである。

  そんな、誰もが浮かれ気分になる太鼓の音も遠のき、はや、虫たちの交響曲

に移り変わってしまったこのごろは、昼間の暑さとうって変わって朝夕はめ

っきり涼しくなっていたのである。

  そんな挽夏の或る日の夕方、携帯電話にメールの着信メロディー、知人から

の連絡に、早速、伺う事になったのである。

   玄関の引き戸を開けると、待ちわびたかのように、長火鉢の前にドッカリと

あぐらをかき、全体が菊花の彫刻で覆われた純銀のキセルで刻み煙草、ゆらゆ

らと立ち上る紫煙は、やがてどこか三次元空間へと消えていく、こんなゆった

りとした時の流れを心から楽しんでいる、そんな気がしてならないのであった。

  「いらっしゃい」の言葉とともに、山茶碗に冷たいお抹茶と、犬山焼きの深

鉢に水饅頭が行儀良く数個並べられ、差し出されたのであった。

 山茶碗のわび色と、抹茶の緑が絶妙な色彩のコントラストをかもち出してい

る。この色合いを理解できる喜びを心から味わい、冷抹茶のふくよかな甘みと、

ほんのりとした苦み、そして、鼻腔に深い香り、 赤絵の犬山焼深鉢によく似合

う水饅頭、口の中で冷たさ、そして上品な甘み、それぞれ、舌、目、鼻で味わ

い、まさに我を忘れるような時の経過を過ごすことのできる、ひとときをいた

だいたのでした。

  口中にほんのりとした苦みが残っている間に、差し出された数枚の鐔、「し

だれ柳に燕の図」、「水辺に城鷺の図」、「舟乗人物に渡鳥図」など、多種金属の

象眼細工が見事であり、たった数センチの円に凝縮された芸術、そして職人技、

小さいながら、一幅の絵画を見るような、制約された小円に宇宙が有り、職人

魂をも感じさせるような掌サイズの芸術品である。

  規律の大変厳しかった時代、規制され、画一化されたなか、いろいろな種類

の鐔を所有し、時期、目的、用途などにより、取り替えては使用していたよう

である。武士達はこんなところで武士の魂である刀剣を飾り、自分を見失わぬ

よう自分らしさを保持しようとしたのではないだろうか。たいへん粋であり、

おしゃれであったのである。

  現在、街を歩く群衆をみると、ほとんどといってよいほど同じブランドバッ

クを持ち、流行の洋服をきて、後ろから見るとみんな一緒に見える、そんな気

がしてならないのである。

  むしろ、あの人の格好はなんなのだ、あのヘアースタイルは異常だ、などの

個性、独創性を批判、否定するのではなくて、見守り、そしてそのスタイルな

りの良さを理解する感性を持ちたいものであると思うのです。

 そんな個性、独創性からニュースタイルは生まれるのであろうし、新しい発

想、創造が生じる場合があるのである。

 資源もない、小国日本の将来は独創性のある商品、新技術等、創造力が重要

課題である。子供達の教育も、入試の為の詰め込み教育でなく、それぞれの長

所を伸ばし、個性、ユニークなところを重要視し、想像力と創造力を養ってあ

げる事が最重要であると思うのである。

 現代でも十分通用する鐔のユニークなデザイン、研ぎ澄まされた感性、そし

て、鍛えられた技術、職人技を感じさせられる品ばかりを目前にして、技術と

創造力の大切さを確信するのであったのです。

 さっそく、鐔を1枚譲ってもらいキーホルダーに付けたのである。それ以後、

色々と何枚か取り替えては数年使っているのであるが、毎日、多忙な仕事の合

間、キーを握りしめるたび、鐔の象嵌細工の世界に引き込まれ、鐔職人の個性、

職人魂を感じる。、そんな一時には、心が和み、ストレスすらとれるような気

がする、また、武士達の心意気、心情すら理解できるような気がするのである。

 今日も、象嵌細工の鐔付きキーを握りしめ、武士の魂である刀剣の代わりに

ノートパソコンを抱え、馬でなく、車で仕事場という戦場へ立ち向かうのであ

る。                         

                                                      徳  峰

 

    

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              bQ8       【秋祭りと面子】                       

 

 天高く馬肥ゆる秋、そして、稲の取り入れの時期でもある。そんな或る休日

地元の鎮守の豊年祭りが、稲の取り入れより一足先に催されたのであった。

  「村の鎮守の神様の 今日はめでたい御祭日 ドンドンヒャララ ドンヒャ

ララ…」と、獅子囃子で、締め太鼓を叩きながら、生まれ育った町内を半日か

け、豊年を祝い人々の幸せを祈り、囃して巡回したのでした。

 普段、見過ごしている、諸物に感動し、「狂牛病とテロ」とは、無関係と言

ってよいほど、のんびりとした時間が流れている。そんなすがすがしい、秋晴

れの祭り日和りであったのでした。

  神社近くの庭師の武さん宅の塀際、道路に被さっている程立派なザクロの実、

赤い小粒の実をたわわに付け、ザックロといや失礼、ザックリと口を開けてこ

うべをたれているのであった。ザクロの完熟した外皮色、細身の葉と枝と実と

の、造形のコントラスト、自然の芸術品である。

 ふと、幹の元に目が、そして、点…、高さ五十センチもあろうか大壺、口元

が欠損はしているが、白くかせた肌が侘びを醸ち出している、おそらく室町時

代はあると思われる素晴らしい一品だ、和庭のアクセントにされているようで

した。

 「今日はいい物を見せてもらった…。」と、視覚で楽しみ、心で感激したの

でした。「おーい、太鼓叩いてよ!」と、獅子連会長の声に、ふと我にかえり

バチを握り「山もどり」の曲を、一段とかん高い締太鼓の音色で、秋の澄んだ

空間に響かせたのでした。

  道端に群れて咲く白、ピンク、濃桃のコスモスと、花の数十センチ上を飛翔

する、これまた赤とんぼの群、どこかの美術館で見たことのあるような光景…、

  いや、小学生時代の帰り道での懐かしい残像であったであろうか。

  現在の子供達のほとんどは遊ばないのか、面子遊び、この辺では、面子の事

を「ショウヤ」と言っていたのです。今ではこの面子も立派な古美術品、昔を

懐かしんで、買い求めていかれる中年紳士、そうか、そういえば自分もいつの

まにかそんな年齢になってたのかと…。そういえば、当時、おやつの無い時代、

柿の実をポケットにねじ込んで、ひとつかじりながら、友数人と小学校の講堂

のコンクリート床で、面子を楽しんだ、いや、取り、取られした真剣勝負であ

ったのである。今もなぜか、妙に脳裏にその光景が鮮明に焼き付いているので

した。

 今では、髪が白くなってきた郵便局長の考ちゃん、水道屋を経営している竜

っあん、上場企業の総務部長さんの正さ、だいたいこのくらいのメンバーで、

秋だと言うのに、額にうっすら汗をかき、真剣に戦っていたのでした。

 写真判はサイズが大きいが軽い、通常長方形の物は厚い、丸形は風の抵抗が

小さくなる、新品は、すぐに反転してしまい、取られてしまう。よく使い込ま

れた物は、手や鼻の油 、水分をよく吸っていて重く、よれよれの為床によく

なじみ、風の進入する隙間を少なくし、反転しにくい強靱な一品となるのであ

る。

 そんなこんなで、子供達なりに研究し、経験からのデータを読みとり、実践

に反映したのであった、何せ、取り、取られの世界の為、必死である。当然学

校では取り、取られの面子は禁止されていた記憶があったのであるが、しかし、

何か、今の実社会に役立っているような気がしてならないのである。

  以前、私のプレゼントで、 銅と黄銅製のリアルな目貫の細工物を取り付け

たタイピン「枝つき柿の実」をネクタイに付けている郵便局長の考ちゃんが、

面子の達人だったような記憶があるのでした。

  お囃子の音に集まってきた子供達の声に子供の頃を思い出していたのだが、

ふとバチをさばきながら、右下休耕田に目をやると、この地区では大変珍しい

水草ホテイアオイの薄紫の可憐な花の群生が、秋の陽光に透けるような美しい

花を見事に開花しているのでした。

  なんとも長閑で平和な、秋日和の祭りの佳き日でありました。とても、同じ

地球でテロ撃退の戦争が行われているとは思えません。

  とても狭い地球、少資源、温暖化問題など地球存続、子孫に引き継ぐ為にも重

要な課題、使命を全世界が一体となり、取り組まなければならないのでは…。

 「戦争にテロ」、他の星の話にしたいものだと思うのである。世界の平和を願

って、神前に獅子囃子を奉納。

徳  峰

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  NO.29  【二十一世紀初年末に出逢った仏像】

                

   二十一世紀の輝かしい幕開けは、世界中の人々が佳き世紀になるだろう…、

いや、なってほしいと言う、心からの切望と期待を受け、華々しく、かつ、優

雅に開幕をしたのであった。

 しかし、初年の後半が過ぎるあたり、ここにきて、「アメリカ同時テロ」、

国内にまで発見された「狂牛病」、そして、それらの影響による景気のさらな

る悪化。  まさに、前途多難。おろかな文明が創出した各種の兵器、テロ撃退

以上の戦争世紀への突入を示唆するかのような世界情勢、そして、その行為

事態を当然のごとく肯定してしまいかねない状況、最悪の事態へ突入しないよ

う、人々が、考察し、冷静に見守っていかねばならない時代となったのである。

 そんな年末、紅葉の終末、数枚の葉を残し静かに休息の長い冬眠の時期を迎

えようとしている落葉樹林、一生の仕事を終え華麗に散る木の葉の群が、容赦

ない北風に吹き乱れ散る光景は寂しくもあり、又悲しくもあり、さりとて、こ

れが自然界の営みであり、人も又、これに逆らってはならず、自然と共生せね

ばならないなどと、ふと、脳裏の奥底で思うのであった。

 こんな枯葉舞い散る樹林を、車窓から眺めながら骨董商の知人と一緒に、寂

れた山村に初出しに同行したのである。

 かなり大きな造りの、今にも朽ち落ちそうな茅葺家から、今時の茶髪の子供

連れの若夫婦、家の立替えの整理の為に我々がここによばれたのだ。

 雑木林樹生のかなり広大な屋敷、奥には、半ば朽ちかけくすんだ白い壁が、

時代を感じさせてくれているどっしりとした、土蔵が百数十年の時を越え不動

の姿を今日まで見せてくれているようであり、部外者を待ちかまえていた。

  正面には、たいそう分厚い板扉、いかにも頑丈で、「来るものを拒む」とば

かりに、 超大型の金具が取り付けてあり、かなりの威圧感があった。

  茶髪のご主人が、分厚い板扉を「ギィギィギギギーイー」と開扉。異音が、

ばかに広い屋敷の雑林に吸い込まれていくように感じたのであった。

  ご主人の案内で、床に足跡を残しながら土蔵に潜入したのであった。内部は

心なし薄暗く、どことなく、いにしえの香りを鼻腔に感じ、或る安堵感をおぼ

えていたのであった。

 目前には、セピア色の新聞紙にくるまれた伊万里色絵大皿、そして、おもむ

ろに、そして無造作に壁際に埃を被って転がっている口元の欠損した小壺、

い上げてみると妙にドッカリと大地への踏ん張りが見事な造形、「蹲」であった。

 また、虫食いの黒光りした木箱には、染め付け草紋猪口がぎっしりと押し込

められていたのであった。

 明かりのぼんやりと入ってくる方角に視線を向けると、仏座像らしき姿が、

今にも朽ち落ちそうな棚板のうえに、どれくらい昔からかは判らねど、あぐら

をかき、ちょこんと台座に座った、どこか愛嬌の或る少年を思わせる風貌、妙

に仏を身近に感じるのであった。

  どうも東南アジアの仏像のようである、可愛らしい愛嬌のある仏さんである。

  次々と品物をいわれるがままに、車に運び込み、早々に失礼し、車上の人と

なったのであった。                                    

  車中、東南アジアの仏像が、妙に気に入り、手に抱きかかえ撫で回していた

為に光沢がでて、これまたどこかにいそうな、一寸やんちゃな小学生ぽい愛嬌

の或る仏像、車中この仏像を二人は「仏ちゃん=ぶっちゃん」と呼ぶことにし

たのである。

 この「ぶっちゃん」、東南アジアのさて、何処の国で生まれ、少年の姿っぽ

いが、本当は何歳なのか。その国の佳き事、また、アフガンでの戦争のように

、人々の悲痛な平和への祈願、そして、感謝、願い、……。我々なら、とう

にストレスがたまり、頭がパンクしそうである。そんな諸事を一心に受け入れ

るこの「ぶっちゃん」は偉いなあー、と二人で関心し、今こうして何かの縁な

のか、手元にごじゃるわけなので、これからは、ゆっくりと過ごしてもらおう

じゃないかと、二人とも真面目に考えて大事そうに懐中に抱えこみ、落葉樹林

の間から太陽に反射し、この世の物とは到底想えねほど美しく光り輝く湖をな

がめていたのであった。

 その魅力に誘い込まれるかのように湖畔に到着、車を止め、さっきのいにし

えの香り高き埃ではあるが、はたきながら近寄れば、これまたなんと、透明感

がすばらしいエメラルドグリーンの神秘な湖水であり、こころから感激した。

 これも「ぶっちゃん」のおかげかな…、などと想いながらしばらく、その神

秘な雰囲気中にとけ込み時空を超えて異次元の界中にいる、そんな気さえする

時を過ごさせてもらったのであった。                                        

  エメラルドグリーンの神秘な湖との別れを惜しみつつ、赤オレンジにひと

きわ輝く夕日に向かって帰途についたのである、「蹲とぶっちゃん」とともに。

  我が家の床間に落ち着いた「ぶっちゃん」に、弐千弐年の世界平和と景気回

復を祈って…。

 

                                                  徳  峰

  

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NO.30【落雁とドロップ】

 

  古美術店のガラス格子のドアを開き、いきなり目に飛び込んできたのが、

壁の白いクロスに映える、「古箪笥の小引き出しの金具付き前板」 と「菓子型

と古裂」、そして、「菓子型と糸巻き」で制作された古美術品を飾る為のグッズ

であった。

 赤オレンジ色に輝く夕陽が、 子供達の帰宅を見守るかのように、西方の山

脈上で落日を待ってくれているようであった。

  「ただいまー」手には手造りの刀を持って、着ているセーターには、枯れ草

などのごみを、いっぱいくっつけての帰還であった。「なんか、おやつない〜

。」すると、きまって「鍋にサツミャーモがおみーたるで、たべやー」と家人

の声。 そう、蒸かしさつまいものおやつで育った世代である。

 木の枝、取っ手の部分に古裂を巻き、枝の外周に放射状均等にクギを打ち、

そのクギに隙間無く順番に黒糸を巻いていく、クギと黒糸でできた鐸である。

つまり、粗末ではあるが、大切な手造り刀のおもちゃのできあがりである。毎

日のように、学校から帰ると、ランドセルの代わりにこの刀を持ってチャンバ

ラである。「奴は何処に…」「はは…、きゃつは、地蔵橋袂のねぐらかと存じ上

げますが。」「あい判った、ゆくぞ。」 とまあ、時代劇さながら、地蔵橋袂のね

ぐらへ急ぐのであった。といっても、秋の枯れ草で子供達が作った小さな小屋

状の砦であった。そんな、他人の畑で数人の子供らがチャンバラをし、畑を台

無しにしても、当時では優しく見守っていてくれたような気がしたのである。

  このために、帰宅時には体中に、枯れ草などのごみをくっつけて帰宅してい

たのであった。

 その頃、甘いおやつといえば、結婚式の引き出物の一種類で、鯛の形が定番

である「落雁」、現在ではそうでもないかもしれないが、当時では、とっても甘

く、美味しいお菓子であった。兄弟で分け合った欠片を無造作に新聞紙にくる

み、ポケットにねじ込み、遊びの世界へと家を飛び出して行ったのであった。

 この 落雁などを製造する時に使用するのが、「菓子型」とよばれる物である

事はご承知だと思います。なかなかの意匠、そして素晴らしい彫刻がされ、職

人技をまざまざと見せてくれる大変美しい古民芸品であるわけです。

 「菓子型と古裂」で制作された古美術品を飾る為のグッズであるが、竹を編

んだタペストリー状の物に、畑仕事用もんぺ地、あるいは、我々の幼年時代の

パジャマ代わりである寝間着地の古裂を貼り付け、上部に、竹篭に入った今に

も跳ねそうな鯛の意匠の菓子型が取り付けてある、菓子型にフックがあり、そ

れに、印籠、根付など、いろいろ吊して飾れる装飾用グッズである。

 ある学校帰り、ランドセルをいつものように、放りだし、きまって、「なんか

おやつない…」、家人の、鍋の中だよ、「う…、」「いもか!」しょうがない、と一

つ手につかみ、つまり、家中探しても、おやつなんて有るはずがないことを知っ

ているのである。現代とは全く違っていた、いや、我が家だけだったのかな…。

 「おばあちゃん…」。すると、「いつもの箪笥の小さい引き出しの一番上の中

を見てみやあー、」と決まって、祖母の声がする。

 その中には、週一回の通院の帰りに、たくさんの孫達の為にと、いつも、フ

ルーツ味の小粒なドロップを買って帰り、箪笥の小さい引き出しの一番上の中

に入れておいてくれたのである。

 その数粒の色とりどりのドロップ、とってもスイーティーで、ジューシーな、

愛すべき美味宝石であった。

   この祖母の嫁入りで持参したと言う古箪笥の一部、我が家の文化財の一品

でもある「箪笥の小さい引き出しの一番上の金具付き前板」を白いクロスの壁

に固定し、赤い額ふとんで受け、背後には紺地に白小文様の古裂をあしらった、

古美術品を吊るして飾るグッズを制作したのであった。引き出しの取ってに引

っ掛けて飾ることができるのである。

 古色、そして長年使い込まれすり減った桐板、かなり頑丈な威圧感さえある

金具、大振りな取っ手、現代のデザインには無い、職人の技をまざまざと見せ

つける、人間味溢れんばかりの金具である。

 もう一点、かなりニューが入ってはいるが、大切に使い込まれた時代を感じ

させてくれる古伊万里の油壺を飾っている飾台は、菓子型と糸車の組み合わせ

、そして古裂が添えて制作され、さりげなくガラスケースの上でお客の様子を

伺っているかのようである。

  もうおわかりかとは存じますが、この古美術店、私めの手作りの骨董店です。

そして、今回ご紹介いたしました古美術品展示用グッズも、自作のオリジナル

グッズであります。   

  これら、何気ない古民具達から職人の技と意気込みが感じられ、現在まで使

い込まれ、残されてきたのではないだろうか。

 あまりにも機能性、デザイン、価格が重視され過ぎ、大量生産、無個性、人

間味の無い現代使い捨ての商品群…、「ゴミの山」も当然なのかなと言う気さ

えしてならないのである。今、考え直さなくてはならないのではないだろうか。

温故知新…。                                               徳  峰

 

    【参考画像                                      

 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

NO.31古美術品とハイスピード】   

 

  五月の初旬、東に小牧山を眺め、北に国宝犬山城を仰ぐ、ここ、尾張野を流

れる一級河川、桜古木の若葉色と黒幹のコントラストが素晴らしく、又、眼に

とても優しく感じ、写る。川面は葉群で陰り、ダークグリーンのビロードのご

とく柔らかく映って見える。

 桜古木の並木が延々と続く川堤、春の陽光を浴びながら、戦国時代、ある時

は戦場とかし、又、武将達の、そして一族の故郷である尾張野で喜怒哀楽をも

かいま見る一時を、体感するのであった。

  川堤から枝分かれする、たんぽぽや紫の可憐なすみれ咲く細い田舎道、両側

の田園には、一面見事な桃色絨毯、そう、れんげ畑となっているのである、陽

の光りがあたり、素朴ではあるが、華やかな風景である。 

 そんな、細い田舎道を蝶を追いながら、やってくると、そこには、いかにも

歴史がありそうな村の鎮守。

 早速、賽銭をあげ手を合わせ、やや朽ちかけた屋根の手洗い、古銅龍の口か

ら流れ出る神水を、懐から取り出した首長の古瀬戸小壺に注ぎ、腰につり下げ

て持ち歩いている、古色の精緻な竹編製籠に収まった携帯用茶道具へ。

 室町時代頃建立されたであろうか、半ば風化した彫刻がすばらしい拝殿、時

代を感じずにはおられない板の間に、おもむろに曳きつめた明治から大正の布

団藍型染め古布、花柄が妙に板の間に映えているのである。

 古銅龍の御神水で冷抹茶、ひんやりとした口あたり、そして、茶の香りが鼻

腔から脳へ 、少しの苦みが、とろりとした甘みに混ざり合った、一口の緑宝水。

  緑葉樹林の奥からは、小鳥たちのさえずりが耳に優しく。眼に強烈に飛び込む

のは、濃桃色の大輪牡丹の豪華な華が咲き乱れるさま。自然が残るこぢんまり

とした池の淵には、しだれ藤、房の群が無数に…。

  そんな、静寂、そして、ゆったりとした時を過ごしていたのであったが、小

鳥たちのさえずりを打ち消すかのような爆音、「春夢幻想の世界」から現実へ

引き戻されてしまったのである。川堤を猛スピードでバカ走する、いや、爆走

する若者達。

 「そんなに急いで何処へ行く。」と交通標語じゃないけれど、どうしてもっと

ゆっくりと、走らないのだろうか。

 人に迷惑をかける、そういう事を言いたいのではなく、そんなにスピードを

出して、つまり「急いで」何か良いことでもあるのかと言うことである。

 現代は、「ハイスピード」、つまり、「速さ」が「善」と考えられているよう

な気がするのである、しかし、本当にそうなのだろうか。

  人が一生の内、国内外へ何度も出かける、いろいろな経験をする、乗り物で

スピードを楽しむ、また、目的地へより速く到着する。

                                                              

もっとゆっくりとして、目的地へ急ぐのではなくて、旅の過程を楽しむ、ス

 ピードだけでは無いとちゃーうーんー。

 又、物の製作においても、大量に速く、安く、製作される事、つまりハイス

ピードが「善」とされているのである、安く提供されれば、人々はいろいろな

物を安価で容易に手に入れる事ができるからなのであるが。

  ただ、大量に、機能、デザイン、価格だけが重要視され製作された物が、果

たして、大切にされるのだろうか、ほとんどと言って良いほど使い捨てである。  

 しかし、何事もハイスピードの世界、弱肉強食のなかで戦い生き抜かねばな

らない現代に、「速い」が常識のとなり、「善」であるとされているようだ。

  全ての物を早く、容易に手に入れることが出来る文明社会、果たしてそれが、

真の幸福だろうかと考えさせられるのである。

  一つの物を手に入れるため、一生懸命に努力し、やっと手に入れた時の感動、

嬉しさ、そう!、「ハングリー精神と感動 」これが大切であり、又、幸福に

つながるのではないだろうか、現代では、あまりにも簡単に手に入る為、感動

が全くなくなっているような気がしてならないのである。

  又、大量生産の使い捨て商品に対して、古美術品を考えてみると、一つの物

が心を込め制作されている。そして、入手も安価でない為、努力して手に入れ

られる、そのような物は、当然愛着も有り、大切にされ、そして、今に伝承さ

れて残されているのである。    

  ハイスピード、つまり「速い」が「善」的考え方は、考え直さなくてはなら

ない時代が来たのではないだろうか…。

  爆走車が通り過ぎた後、静寂の「春夢幻想の世界」へ再び戻ってきたのであ

った。

 冷茶のほのかな苦みと、柏餅の葉の香り、そして上品な餡の甘さ、そして、

静寂、時間がゆっくりと進む異次元世界の、なんと贅沢な一時ではないか。

  池の淵 には、開花を待つ菖蒲群、端午の節句用に葉を数本摘み、菖蒲湯に。

 

                                              徳 峰

  

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                bR2        『 故郷の鯉 』          

  ちょいと早い時期はずれの台風接近の影響か、毎日が蒸し暑く、誰かさん

の心のように安定しない天候が続く小雨降るなかを、一路高速道路を走り抜け

、やってきました飛騨の里…。

  日本人の心の故郷合掌造り、日本の家屋では最大級であり、見る者を圧倒し

なぜか、妙に懐かしさを沙そるのはなぜなんでしょう…。

  建物の使い込まれ、黒光りした柱、そしてなんと言っても、大囲炉裏から

立ち昇る、一寸慣れぬと息苦しささえ感じる茅葺き屋特有の、歴史と風土を今

に承継する紫煙の香り。

  そこには、家族のぬくもりと団欒、決して文化的とは言えないながら、素朴

な生活の香り、先人から受け継がれた文化が脈々と感じられるのである。

  毎日が多忙のなか、自分自信、そして生活を振り返る時間さえ無い今日この

ごろ、心の故郷合掌屋の中に、身を置いてみて、改めて自分、そして生活を考

え直すきっかけを得た事に、感激と感謝…。

 壁にかかる黒光りし、家人の幸福を願い守り抜いたと思われる、厨子入り大

国、恵比寿像の柔和なお顔に、安らぎを覚え、ただ祈るのであった。

  そんな心の故郷の香りを引きずり、一軒の古美術店を覗いてみることにした。

  硝子戸を開け、一歩踏み込むと、決して綺麗とは言えないが、先程の「故郷

の香り」が漂う、古民具を専門に扱うお店であった。

 見渡してみると、使い込まれた味と、時代を感じさせられる品ばかりに見う

けられたのである。

 それら道具達は、長年使い込まれ、次のご主人様のお役に立つまで、 しば

しの休息をしているかのようにさえ感じるのであった。

  妙に人の良さそうな、白髪ポニーテール店主の許しを得て、あれこれ手に取

り、古民具の魅力を味わい、飛騨の先人の生活・風土を垣間見るような感じす

らしたのであった。

 あれこれと、土臭さ、ぬくもり、そして意識しては作り出せないであろう、

風化、摩耗、光沢、古色、そして、人々の愛着…、それらが織りなす古民具と

いう品、どれ一つ欠けても決して完成されないであろう、それらは、文化であ

り、芸術品である。

 そこで出会った、衝撃的な出会い…。そう、心の故郷合掌屋にあったであろ

う大型な鯉の自在鉤。

 脈々と使い込まれた大囲炉裏、そこには煮物、猪鍋、味噌汁など、いろいろ

な田舎料理が「ことこと、ふつふつ」と真っ黒にすすけた鉄鍋のなかで煮えて

いる。 音と共に白い湯気を立てている様が見えるようである、そんな、湯気

と薪から立ち上がる紫煙、これらに時代が加わって色付いたかなり太めの竹に、

かなり大きめの手彫りの鯉。

 この鯉、決して芸術家の作品では無いはず、家族が毎日使うであろう道具と

して、心を込め制作されたであろう、彫り手の心は充分以上に、見る者に伝わ

ってくるのである。

 鯉を吊す、太くて燻し古色の竹筒と共に、大切に使い込まれた雰囲気が伝わ

ってくるのであった。

 鯉と言えば、毎朝、運動不足の為、緑葉生い茂る桜木の自然歩道を散歩。

 川の流れには、黒鯉たちが、悠然と泳ぐ姿を見、水流の美しさと鯉達に出会

える事を楽しみに散歩をするのであった。

 しかし、異様に鯉の形が揃いすぎている、つまり、「魚の泳ぐ故郷の川」を

と言うことで、立派な養殖鯉の放流、確かに一時期、小鮒一匹いなくなった。

 化学薬品、公害で汚染された、「ドクロマークの故郷の川…」。

 自然の豊富な、溢れんばかりの魚たち、そんな頃を知る我々の心の寂しさ、

子供達に受け継いでやれなかった無念さ、悲しさ、そして、情けなさ…。

 高度成長期、「自然、文化、伝統」より、「生産、生活向上」が大切だった

のであろうか、又、排水の事を考える以前に便利すぎる為に使ってきてしまっ

た、いろいろな化学製品、その結果が生活排水による河川汚染となって、取り

返しのつかない限界、いや、すでに限界点を通過しているのではないだろうか。

  又、水害予防の為と、川の土手はコンクリートブロックで張り巡らされ、川

底は、人工的砂利床、やもうえない工事、いや、川底には、川藻が繁殖出来る

状態、あるいは魚礁設置するくらいの工事をするべきである。

 でなければ、魚たちの繁殖はあり得ない。人工的に魚の棲む川を演出して、

養殖鯉達が演じてくれてはいるものゝ、小魚が自然繁殖してくれなければ、本

来「生きた川」ではないのである。一日も早く眼には映らない、「ドクロマーク

の故郷の川」を「生きた川」に戻さなくてはならないのである。これだけは、

リセットスイッチでリセットは出来ないのである。

  そして、「子孫に、魚が自然繁殖できる川を一時も早急に復活させねば、ご

先祖の位牌に申し訳がない…」と、浪曲の一節じゃないけれど…。

  只、土手下の雑草、田と畦の草むらに生息する、昆虫、小動物、それらを餌

とする小鳥たち、そして、緑葉に鳴くひとあし早い蝉の声が、かろうじて自然

を感じさせてくれているのが、ほんの心の救いである。

   ふと、「人々に魚の棲む川」を演じてくれている哀れな養殖鯉達を思いだし

ながら、腕に抱え込んでいた大囲炉裏の鯉の自在鉤…。

  白髪ポニーテールのご主人に譲っていただき、渓流の流れとせせらぎの音を

手みやげに、去りがたい日本人の心の故郷合掌屋、ふと、現実に戻らなくては

ならない、つらさ、寂しさ…。

 しかし、こんな現実を未来の子孫に継承するわけにはいかない、なんとし

ても、「心の故郷」として、愛し続けられる「自然の生きた川」に復活せねばな

らないと言う気持ちになり、ハンドルを握る手に思わず力が入るのである。

                    徳 峰                 

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 bR3            【 花火と精霊流し 】           

 

   平成十四年八月、この夏は非常に暑い、生まれて半世紀経つが、初めての

暑さだと思う、ここ、数十年同じ屋根の下、そして全く同じ場所に掛けている

温度計が、四十度を指していた事は、かって無かったような気がする。

 「地球温暖化」を実感する暑さである。毎日がサウナ貸し切り状態、汗をか

いて体にはいいし、サウナ代経費節減…、ん…あちい。

 車のボンネットにアルミ泊でも敷けば、昼食が作れてしまう、行楽のお供に、

電子レンジ不要、車のボンネットで三分、出来上がり…。こうなったら省エネ

でも考えなくては…。

  こんなまさしく、茹だるような、サウナ状態の或る日の夕方、国宝、犬山城

に向かったのである、別に城攻めに向かった訳ではござらん。

   「一時の涼」を求め。音とともに、夜空に開花する、菊の大輪…。早く秋

がこないかなー。

  真っ暗なキャンバスに、ライトアップされた、白帝城、城下を木曽川壕流。

  夜空に大輪、花火の開花…火の芸術、造形の創作、開花の光によって、色と

りどり、白帝城と城山裾野までの影絵を見るような、素晴らしい光景であった。

  ショーの途中ではあるが、車のラッシュ、人の洪水を避け、一足先に「影絵

の劇場 」に、別れを惜しみ、振り返りつつ、家族とともに車に乗り込むので

あった。

   帰途の途中、必ずといってよいほど、喫茶店に入り、「あれ、ください」。

「花より団子、花火より氷。」毎年恒例の為、つい 、「あれ、ください」とな

ってしまうのであった。かなり大きめのガラス器、山盛り宇治茶の色、氷山の

頂上には粒餡がたっぷり、そして、一粒の真っ赤なサクランボ。

   こちらも、花火に劣らぬ色と味の芸術品…、みんなして山盛りの宇治金時、

崖崩れでテーブルに飲ませないよう、慎重に且つ、大胆にスプーンで口に運

ぶのであった。

  氷と言えば、学校時代、部活の帰り、自転車を道路にほっぽりだして、友達

と線路際の駄菓子屋で、丸髷の、少し腰を曲げた、妙に愛嬌のいいおばあさん

の作ってくれる氷、グリーンの足つきガラス氷器で、いかにも時代を感じさ

せてくれる、ごつくて、不格好な、それでいて、妙に愛くるしく一品。

 もう一種類は、足無しの薄いブルーの氷器であり、「円」のデザインが美し

く、涼しげである。

 友人達が、皆して、「メロン」「いちご」「レモン」「せんじ」いろいろな種類

のオーダーが、口々から、一気に飛び出していたのであった。当然、高級な宇

治金時の声はかからないけれど。

 そんなおり、「いっぺんに言ってまっても、わっかーせんぎゃー。順番に言っ

てちょうー。」とは 愛嬌のいいおばあさんの口癖。

 しわくちゃの手で、ちょうど、自分の孫と同い年位の少年達に、手動式氷欠

き機の手回しハンドルを、こぜわしく回しながら、「自分たちで、好きなだけシ

ロップを掛けやー。」この言葉にいつも少年達は、この駄菓子屋へ集まったも

のである。  皆ほとんど、氷と揚げ餡パン、など菓子パンをむしゃぶりついて

いたような記憶があった。と言っても、氷は高くてなかなか飲めないため、い

つもは、人工色と香り味のついた、アイスキャンデーをなめながら、帰宅した

ものであった。

  「ただいまー。」の声に「てつだってー。」と山彦じゃないけれど。

 そうか、「明日十三日からは、お盆かー。」我が家は、禅宗、お盆行事である

「おしょれいさま―お精霊様の訛った言葉と考えられる。」を祀ります。つま

り、十三日夕方、松明を焚き、先祖の霊(精霊)を迎え、各位牌をを机に並べ

お祀りし、朝昼夕に各位牌一人づつに食事、お茶、おやつ等を御供えする。

 そのときに使用する、先祖伝来の「古瀬戸の石皿」、直径七センチのまこと

に愛くるしい石皿である。元は雑器で有ろう、現在市場では、滅多にみること

のない品である。

  十五日には、いつも、父親とともに、茅あるいは、麦藁製の舟、よその家と

は違った、大きな舟を造る、今では息子と造る舟。その舟に、御供えとともに

松明を焚き、ろうそくと線香をつけ、「又来年もおいで下さいご先祖様」とお

祈りし、「おしょれいさま」を地元の川から極楽浄土へお送りするのが、数百

年も続く「精霊流し」のお盆行事であった。

 真っ暗な川に、松明を灯し、悠然と流れに身を任す、精霊流し舟の群は、年

に一度、里帰りした先祖霊が、子孫達に見送られ、極楽浄土へ旅立つ厳かな、

雰囲気を感じさせる一時であった。

 しかし、何を考えているのか、この「精霊流し」を公害だと言う。年に一度

の、そして、数百年も続いてきたこの行事、今日になって何故急に公害になる

のか…。 

 植物性の舟は自然に帰るし、食品の御供えも魚の餌になっても、公害になる

はずがないではないのか。

  こんな事も判らぬ一部の者達の為に、数百年も続いた文化、伝統の火が消さ

れてしまったのである。

  文化、伝統は今すぐにでも、抹殺する事は出来る、しかし、数百年続け、文

化、伝統と呼ぼうとする事は、簡単に出来ることではないのである。又、文化、

伝統を抹殺する事、すなわち否定する行為は、先人達をも否定する行為になる

のである。

  現在戦争の真っ直中、中東では、国宝級文化財の仏像、石窟仏などが、次々

と、ゲリラにより容赦なく破壊されている報道が聞こえてきている。

 これらの行為とあまり変わらないのではないのか。地球全体、そして、社会

を見て、偏った見方をせず、もっと広い見方で、考えていかねばならない時代

がきているのではないだろうか。何が公害なのか「子細を吟味致す事が肝要かと

存ずるが、如何なもので御座るか…。」南無阿弥陀仏。                徳 峰

     

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         bR4    【月見によれよれ漫画本】

堤の桜木、旺盛な緑葉に蝉の合唱も、知らぬ間に去り、早々と枯葉さえ散り

夏の終わりを感じさせる九月の初旬、もうすぐ、杵で餅つく、うさぎに逢える

十五夜お月さん、と言うのに今年は異様に暑う御座る。

  こんな暑い昼下がりの昼餉は、幕末頃の赤絵犬山焼のおおぶりな深鉢に、一

寸固茹でそうめん、冷水をなみなみと注ぎ、 かち割り氷を浮かべ、一粒のさ

くらんぼを浮かべ、芯まで冷えたそうめんを、 後期伊万里の染め付け山水文様

が素朴な、そば猪口に、つゆ、すりごま、刻みネギとタデを浮かべ、一気に喉

にすすり込むのです。

 半世紀以上前から、先祖伝来自然繁殖し、この地方では珍しいと言われた「

タデ食う虫も好きずき」のタデが、口中至る所で、ぴりぴり辛さがたまらない。

  さて、お料理番組はこのへんにして、涼しくなったところで、サウナ状態の

愛車に飛び乗った…。ほとんど、「四六のガマ状態」が、妙に刺激的で快感で

さえある出発であったのです。

  今では寂れた、近くの商店街の一角で、看板がほとんどアンティーク状態の

古本屋の朽ちかけたガラス戸を、やっとこせ開き入店したのでありました。

  このくそ暑いのに、グレーのよれよれ毛糸の帽子を被った、いかにも、お宅

っぽい、しかし、えらい気のいいご主人、「いらっしゃい、何かお探しですか」。

「ええ、ちょっと…」の返事をする前に、自分の目が店内をいやらしく物色して

いるのに、あきれかえっていたのであった。

  「あっ、あった、」と大声を出しそうになったが、店主に、自分の探してい

た品物があり、どうしても欲しくてしょうがないと言う心を、見破られ、店の

言い値で買わされまいと、必死に冷静を装おうとしている自分が、可愛いなと、

ふと思いながら、「ご主人、このよれよれで破れた、ラジオドラマの少年探偵

のヒーローの漫画附録本て、いくらー」、とあまり興味が無いような振りをして、

値段を聞く自分をみて、自分もこんなお客には、「きをつけなあかんなー」と

つくづく思うのでした。

  小学校低学年、今でも忘れない、毎日夕方六時頃、「少年探偵のラジオドラ

マ番組」、テレビのない裸電球のした、竈の焚き火の番をしながら、ほとんど

毎日、少年探偵の活躍を応援し、未来に夢を見る素直な少年だった。

 いや、一寸ひねくれていたと言う第三者の証言はほっといてと。

  「ん…、破れてこの値段。」半分不服そうな顔を見たのか、「すんません、仕

入れが高いもので。」と毛糸の帽子を整える振りの、ごまかし態度のお宅風店

主。なんだか、自分を見ているようである。

  早速、なけなしはたき、漫画本をバッグに入れ、「がら、がたん。」と客の

不服そうな気持ちに、逆らうかの様に、素直に開いてくれない、ぼろガラス戸。

  そんな気持ちも、よれよれの附録本のおかげで、すっかり上機嫌。人間なん

て、単純で、現金なものであると言う事がよくわかったのである。

  右手に漫画附録本、左手では、超派手なデザインの容器に入ったポテト、

そして、だいぶ目立つウエストに一寸申し訳なく思い、ノンシュガーコーラを

交互に口に運ぶのであった。

  そういえば、一寸ひねくれ少年だったらしい頃は、おやつなどが、現在のよ

うにド派手な袋や容器には入っていなかった、超ド派手なのは、食品色素、且

つ、人工甘味料入りのおやつであったのだ。

 ほとんどといって良いほど、新聞紙、漫画本、紙質の悪いカラー週刊誌、な

どで、店の家族が夜なべして作ったであろう角形紙袋。 滅多に、上質さらし

白紙製袋は無かったような気がする。 しかし、白紙製袋よりも、特に漫画製

紙袋に入れてくれる店へ子供達は通ったような気がする。食べながら、漫画が

少しだが見られ、一度で二度楽しめる…のである。

  鯛焼き、焼き芋、菓子、飴玉など結構いろんなおやつが漫画袋に入れられて

いた記憶がある。

 現代っ子、いや、一寸古い言い方かな…、平成っ子だと、新聞紙や漫画本は

誰がさわっているか判らないから、「そんな袋に入ったお菓子は、汚いからい

らなーい。」と言う声が聞こえてきそうである。

 万事がこんな調子では、免疫力も付かないし、たくましく育つはずがないの

ではあるが。

 今時の、異常なまでの商品容器、袋、包装は、どうだろう、 中身よりも、

ド派手な過剰包装、容器で商品を売ろうとしているメーカー。

 一口で食べる、あるいは、飲み干してしまう程度の商品に、中身と同じくら

いの製作費、又は資源を使って出来た容器。

  頂いた贈答品、中身が少しで、ゴミまるけ、その包装、梱包材の処分の大変

さ、難しい仕分け資源ゴミ出し、勝手に庭先で焚き火として燃やす事が出来な

くなっているのです。ですから、半分くらいは、ゴミを頂いている感覚。

  「ゴミを減らしましょう。ゴミを出さないようにしましょう。」と行政、マス

コミなどで騒いでいるが、消費者は好きこのんで、ゴミを買い、又、ゴミを贈り

物として、頂き、贈っている訳ではないのである。たた゛し、一部消費者に見

栄え、格好、包装を気にして贈り物を決めるカッコマンも有り、困りものである。

 行政、メーカー、消費者が一体になって、「地球の資源消費を減らし、ゴミを

減らすのではなく、ゴミを増やさない」事を考えなくては成らないのではない

だろうか。 商品に対して、その包装、容器の、一定以上の価格ではなく、一

定以上の資源の使用禁止。

 新聞紙、漫画本紙袋、商品の量り売り、100パーセントリサイクル、今困

りもののジュースの空き缶ポイ捨て。処理費を上乗せ販売し、空き缶持参で返

金すれば、「空き缶のポイ捨てはやめましょう、美しい環境を守りましょう。」

看板なんて不要に成り、空き缶なんて、一つとして、捨てる人は無くなるだろ

う。

  「こんなもんに、こんな入れもんは、もったいない。この入れもんは、なんぞ

に使えるでしまってこ。」戦前生まれの昔人思考バージョンがとても大切である

と、いまにして、思い知らされるのである。

 後進国からの安価な輸入により、激安販売の副作用による、使い捨てゴミ増

加、「激安の為使い捨てればよい」との安易な考えに陥っている、結果、ゴミを

増やし、、地球資源の無駄使いをしているのである。

   それに比べ、手間を掛け、心を込め制作された細工物、先祖代々大切に使

われ、いまに伝えられ使用されている古美術品、やはり、見直さなければなら

ない先人の知恵、「地球に優しい品」を着実に実行してきたのである。

  もうすぐお月見、李朝猫足食盤に、八センチばかりの鉄釉美濃発掘水滴茶入

には、可憐な桃花を付け、丸い小葉が可愛い萩一枝を、李朝草文様細首白磁壺

には、福を掃き込み、鬼を掃き出す帚草、すすきを活け,二四センチ李朝、見

込みに「寿」文字入り厚手皿には、白団子と里芋の煮物を御供し、揺らめく蝋

燭の明かりと、線香の香りのなか、アメリカ同時テロから一年、世界平和と永遠

なる地球存続を満月に祈り、酒面に月を映し、古瀬戸飴釉発掘ぐい呑みをかた

むけるのである。

                                                    徳 峰

  

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      bR5         【  信楽の古陶と狸  】             

 

  朝靄萌ゆる早朝、愛車ランクルは、白い息を吐き、出陣前の兵馬のごとく、

出陣を心待ちにしているような、 信楽の里への旅立ちの朝であったのである。

  朝の定番、紫蘇ふりかけで昆布入り海苔つき、ちょっと大きめのおにぎり一

つ、発掘灰釉小皿に季節の漬け物と一緒に味わう。ちょっと熱めの緑茶が絶対

あう。  染め付け後期伊万里の猪口に少し残した緑茶、色、香り、そして、舌

にとろけ、甘みさえ感じる味…、時間に追われ、飲み切れなかったのが心残り

ではあるが、旅立ちの「その時」が来たのであった、ちょっとおおげさでし

たか。

  名神高速を西にひたすら走ると、左右の景色が、太陽の光に反射して、「山

燃ゆる」状態で、紅葉真っ直中であった。

  青い空、大自然という劇場で、樹木達が、互いに紅葉という衣装の美しさを

競い合っている、晴れ舞台を見ているかのような気がしてならないのである。

  しばらく走っていたら、忍者で有名な甲賀郡、そして、おびただしい数の狸

が出迎えてくれている信楽の里に到着したのである。

 信楽の名称、天平時代には、紫香楽と言われていたようである。聖武天皇が、

天平十四年、紫香楽宮を造営、 造営と共に、国を挙げて甲賀寺建立、大仏の

造立、ということで、全国から、何百万人が集結、 須恵器、土師器を作る技

術を持つ人々も集まり、穴窯、炭焼き窯も築かれたようだ。信楽の始まりは、

天平時代からではあるが、陶器としての信楽焼産地の始まりは、鎌倉時代中期

に興ったということが一般的であるようだ。受け売りの信楽歴史講座はこのへ

んで。

 近所のご隠居さんによく似た、 なぜか妙に親近感がもてる御狸様、狸、…、

そんな狸に誘われて、測道の急な坂を少し登ると狭い空き地、そこに駐車し、

信楽の土を踏みしめたのであった。

 ふと急斜面を見ると、斜面に添って造営された、登り窯、信楽では、最古の

窯らしい。さらに、最近妙に重たくなってきた体重、自分にあきれかえりなが

ら、息切れと共に急な坂を登ると、そこには、穴窯が鎮座、看板に「この窯の

裏手の崖下に陶片が投げ捨てられていた。」とあり、この穴窯の歴史が眠ってい

るのだろうと推察、いにしえの「気」さえ感じる時間が、息切れさえも忘れさ

せてくれるのであった。

  カラオケ狸、乙女狸、小僧狸…、狸人工10万とか、しかし、狸達より、彼らの

展示されている棚板の柱が気になって仕方がないのだが、これは売り物ではな

いようであった。  つまり、陶器を焼くときの棚板の柱である。陶器を焼く時

、火加減により、又、灰が被り、そして、何回も焼きを重ねる事により、自然釉

が妖艶に、あるいは、素朴に焼き上がっているのである。

 狸群に、さよならをして急な坂を下りきったあたりに、古びた瓦屋根の軒先

に、背丈の1メートルもの大壺が見えたのであった、それも、いかにも時代を

感じさせる素朴さがあったのである。おもわず、ひきこまれてしまったのでし

た。

「こんちは」、いかにものんびりとした雰囲気、開けっぴろげな古びたこぢ

んまりとした店、あっと驚く……。 とは大げさですが、8割の品物が、なん

と信楽でなく、伊万里でした、ガックリ…。

 それでもさすが、地元骨董店、信楽の大小壺が数点、先ほど狸屋さんへ行く

前に見学した、信楽の古陶展示館の品と見劣りしない品ではあった。がっかり

した気持ちが、何とかすくわれた思いがしたのでありました。

 隣接して建つ民家の玄関、なんか店舗風、「あっ、現代陶器かー。」そんな心

を見透かしたように、店主が、「すいません、これらは私の作品なんです。」と、

手渡された名刺。信楽の知名窯元、作家の先生様で、ただの骨董屋の大将では

なかったのです。

  そんな軒先に積んであった、「幕末の窯用具、さや」 を所望し、再度仕入の

為の再会を約束し、立ち去ったのである。

 「うーん…。もう一回、古陶展示館へいってこーと。」ぶつぶつ独り言。

展示館へ入館すると、早々に、「初期から桃山時代の展示室」へ吸い込まれて

いったのでありました。

「やっぱ、素朴さ、わび、さびでは、古信楽の右にでる物はないだろうなー。」 

  緋色(火色)、自然釉のビードロ釉、焦げ(灰かぶり)と時代の古色、風化

、かせ、などが、絶妙に融合し、「わび・さび 」味の極地を見せてくれている

のである。

「個人的には、ビードロ釉よりも、古色、風化、かせ、焦げ(灰かぶり)に心

を引かれるなー、実に良いなー、いい。」と断言の独り言。

 これらの作品を制作した職人達は、このような「わび・さび 味の極地」を

想像して居なかったのではないだろうか、当然作品も出来が良かったのであ

ろうけれど、数百年の時代伝世された事により、時の経過と陶肌、自然釉とが

作用し合い仕上がったのであり、このように人々を魅了する作品になったと言

っても差し支えないのではないだろうか。

 これら日用雑器を制作した職人達に、数百年経った今、人々が古信楽の品を

愛し続けているという事を、可能であれば是非とも伝えたいものである。

  さて、現代の陶磁器産地はどうだろう、何処の産地へ行っても、一部作家作品

を除けば、産地存続の為売れる商品をということで、安価で大量生産がされて

いる、そんな感じをうけるのである。産地が生き残る為の策だとは思われる

のではあるが、先ほどの、「わび・さびの極地」はどうなってしまうのか、大

量生産されている現代作品を、数百年後の子孫達は愛し続けていくのだろうか、

ふと、考えさせられるものがある。

 しかし、又、これも時代の流れだろうか、そして、それらもまた、文化、歴

史となっていくのであろうか、一抹の寂しささえある。しかし、何とか先人の

技術、流れを継いでいってほしいものだと心の中で願うものである。

  三葉葵紋入黒織部茶碗にてキリマンジェロコーヒーを濃いめに、フレッシュ

は無し、ノンシュガーを少々、ちょっと苦めのホットがいい、江戸中期頃の瀬

戸焼あるいは美濃焼鉄釉草紋志野中皿には、季節はずれ、いや、今は季節感の

ない苺が可愛いショートケーキをひと切れ。こんな和洋折衷がたまには新鮮で

いい。こうして飾るのではなく、身近で使い骨董を楽しむ事により、よけい愛

着がでてくるし、大切にできるのではないかと思われるのである。

  黒織部茶碗コーヒーをすすりながら、見る新聞一面には、「テロ、戦争」の

血なまぐさい文字でなく、「遺跡跡発見、重要文化財級最古の埴輪出土…。」こん

な、文化的でロマンのある記事が読みたいものである。地球存続の危機が心配

されているなか、戦争をしている場合だろうか…。祈る世界平和。

                                                         

 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

bR6   【渓流の隠れキリシタン仏像と菊皿】     

  初春を感じさせるお陽さんの暖かさに、野の草花、動物、あらゆる生物が、

ながーい冬眠から覚めようとしている。

 待ちに待った季節、思わず「はーやくこい……」と口ずさんでしまいそうな、

穏やかな三月桃の節句が早過ぎ去ったのである。

 それにしても、早朝の冷え込みはどうだろう、伊吹颪が身にしみる。

 まあ、それにしても日々雨と共に春は近づいているなと、川堤の雑草、可憐

な草花から、多少でも春を感じるのではあるが、…「は、はっくしょーん、お

ー寒。」、どうも最近、「風邪ひいた」とありがたくもあり、ありがたくもない風

邪ひき御来店客の多いこと。

 「お客さん、金(きん)はいいけど、菌はお持ち帰り下さい。」とも言えない

し…。

  ふと、店の片隅で、ほこりと格闘しながら、品物の吟味に余念のないおっさ

ん、じゃないや、お客さん。

  お客さん、悪いねー、ほこりまるけで…、と普段から掃除をしてない事の申

し訳なさを、言葉に謝罪を込めて。

  と言いながら、お客さんの顔をさりげなくのぞき込むと、他の事は全く耳に

入っていないであろう、他人から見ても、この人は今骨董を手にして、最高の

笑顔をしているなと、簡単に察する事が出来るくらい佳い顔をしておらっせる。

 しばし、癒しの時を過ごしてござるお客さん、「はー、今何か言やあしたー。」

  「はー、何か気に向く物が有りましたか。」と問えば、「なかなか、ええ物を

見つけたぎゃー、やあー、おじゃまして良かったわなー。」と、白髪のほとん

ど坊主頭を、しわの刻まれたごつい手でなで回しながら、少年のような佳い笑

顔て゛ 返事が返ってきたのである。 「大将、これ、いくらにしてまえりーい。」

 その老人の目前にある物とは…。

 そう、去年のちょうど今頃、いや多少早かったかもしれません。「もうすぐ

三月か、よっし…行くか。」一人、愛車に飛び乗って、持参した特製コーヒー

をチビ、チビやりながら、北の雪国へひた走りしたのであった。

  道中、雪道になれないスキーヤーが、積雪も無い道路をノタノタと走って、

と言うか、歩いている状態を横目でにらみつけながら、カリカリしながら追い

抜きしながら、何とか、目的地にたどり着いたのであった。

  渓流釣り解禁を待っての雪中釣行であった。毎度おきまりのコンビニ幕の内

弁当を缶緑茶で、目と脳は早くも釣りのモードになっているのである、早々、

コンビニ・ブレックファーストを済ませ、数分後には釣り支度の完了である。

 胸まである長靴、裏の滑り止めフェルトが、凍り付く岩石に歩くたびにくっ

つき解禁の渓流へ釣り人の入川を拒んでいるかのようであった。

  渓流竿に餌である川虫を付け、「フゥイーン」とポイントへ竿を振り込むの

でした。流れにまかせ糸を流しては又、振り込んで、アタリを待つ。

 雪を頂、スキーヤーがシュプールを描いているだろう山々から吹き下ろして

くる頬を刺すような颪に、鼻水をすすりながら、氷水に立ちこんで、いっこう

に無いアタリを、ただ楽しみに、竿を振っているのであった。

 何が悲しくて、こんな寒いのに氷水に入って、雪みぞれの北風に吹きっさら

され、それも、釣り糸の氷を取り除きながら、こんな事をせねばならないのか…、

釣りキチの試練であった。

  そんな、自分への愚痴が出ようとしているところに、ふと、浅瀬のちゃらせ、

周囲にある岩石とはあきらかに異なる石の物体が、少し水面から頭を出してい

たのである。 妙に気になって、竿を草むらに置き、その黒っぽい石の物体を、

周囲の岩石を取り除き、水洗いしてみると、なんと、かなり時代のある野仏で

はないか、鎌倉いや室町時代かな、ブツブツ言いながら泥を氷水で洗い流して

いると、十字の彫りが泥の中から現れたのであった。「えっ…、これはもしかし

たら、隠れキリシタンの拝んでいた仏像…」。

 おそらく、鎌倉から室町時代の野仏にキリスト教が禁止された後、十字が彫

り込まれ、隠れキリシタンの人々が拝んでいたのであろう。

 なぜこんなところにあるのか、想像してみるに、隠れキリシタン弾圧で発覚

をおそれ、上流のどこかで、隠すためであろう、川に投げ込まれたのが、長年

かかり、こうして流れ着きここまで来たのではないかと思うのである。

  そんな想像をしながら、釣りの帰途中の古びた店全体が骨董ぽい古美術店の

片隅で、埃を払いながら、隠れキリシタンの仏像を手にし、 品定めをしてい

るのであった。手に入れて帰宅したのであった。

 当時、新興宗教の急激な普及に恐怖を覚えたのであろう、キリスト教弾圧が

厳しく行われた、宗教の自由さえないのである。宗教といえば、数百年経った

現在、聖戦とやらで、あるいは経済戦争なのか、世界中が戦いの場と成りつつ

ある。

  こんな小さな地球という星、資源、環境の問題等で、いつまで生存が可能か

危ぶまれている中、戦争をしている場合ではないはずなのだが…。

  思わず、隠れキリシタンの仏像に合掌し、十字を切るのであった。

  お客さん、その 隠れキリシタンの仏像は、ちょっと値がはりますが…。」

の声に、「ちがうぎゃー、この発掘ブチ割れ美濃灰釉菊皿だがね…、こういう取

り合わせは、二度と会えんもんな…。」、ああ、それですか、ほぼ三等分にブチ

割れていて、他物同士を、手をかけてくっつけ直してある菊皿であった。灰釉

に織部が掛けてあるが、この織部が三種類の色彩になっており、参考品として

は大変すばらしい物である。

  そのお客さん、ごついしわだらけの手で菊皿をポケットにねじ込み、良かっ

た、良かったを連発し、嬉しそうな顔で、多少暖かくなった陽の中にとけ込む

ように去って行ったのである。古美術とは、一期一会だと言うことをつくづく

感じるのであった。

 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

                       bR7  桜花と戦国合戦】

  旅ゆけばー、尾張の国は、金の鯱、ここは名高い桜の名所、京の 都じゃな

いけれど、中を貫く、五条の川よ…。

 春、爛漫の桜につづく、れんげの花の桃色づくし、歌に踊りに、にぎやかに…。

 と気分良く、浪花節調で。

 さくら、さくら…、普段、歌など歌ったことの無い人でも、思わず、つい、

知らず、知らず、心の内から口ずさんでしまう、桜花の力は偉大である、そん

な気がする華やかな桜の季節である。

  そんな一年で最高に良い時期、堤の雑草の上に、「ござ」を曳きつめ、世間

並に、お花見と洒落こんだのである。

 小石が顔を出し、雑草にまじり、菜花がちらり。お陽さんと、どこか花の香

のする暖かなそよ風、そんな、中洲に裸足で入川、一寸まだ冷たい川の水。

 水草、川藻の陰に、小魚たちが群れ、あるいは、春の水に酔ったのか、居眠

りちゅう、よそ者の入川て゛、あわてふためいて逃げる小魚が愛らしい。

  そんな川面にいつしか、ちらり、ちらり、と桜の花びらが浮き流れていく様

は、いっぷくの絵のようである。

   「おっと、っと …」、と足下が小石のせいか、あるいは、さっきから、春

香の川水に冷やした冷酒を、連れと共に相当味わった為か、ふらついて。

 古唐津のぐい呑みて゛甘口の冷酒を、桜花香りとともに、ぐいぐいと。

 中国明時代の花草文呉須赤絵大鉢には、八丁味噌と山椒が香ばしい、炭火で

焼いた豆腐田楽、黄金色した菜の花が、飾りにあしらってある。

 豆腐田楽の山椒と味噌の香ばしい香り、味に思わず、また、ぐいぐいと。

 初期伊万里貝合文小皿には、春山菜の煮付けの盛り合わせが似合う。

  こんな春香漂う、穏やかな時を満喫していると…、対岸で、人々のざわめき

が段々近づいてくるのであった、「なんか有ったのかな…、」ざわめきが、段々

大きくなり、叫び声とも、わめき声とも聞こえるのであった。

  対岸奥の雑木林の中から数十人、数百人の鎧姿の侍達、刀、槍などを手にし、

戦っているのである。立派な鎧に身を固めた若武者、金色に輝く龍の顔をした

馬面に、馬鎧、そして、金箔蒔絵が素晴らしい鞍にまたがり、真紅のヤクの毛、

紫の房付き采配を手にした若武者、「敵は山頂、いざ、出陣」。

  その采配に一同の足軽侍達の雄叫びが腑にしみるようであった。

  山頂付近の一角を陣取っているのは、家紋入りの白幕で、囲われた敵陣地の

ようである。

 何本もの陣旗が風にたなびいている、赤い紙巻きスライド式遠メガネを覗く

と、かなり倍率は低いが、陣地内の中央に、敵陣大将らしき武将、立派な鎧に

身を固め、手には軍配を握りしめ、鹿革の掛け物をした椅子にどっかりと、他

の武将達と軍議だろうか。

  遠方山頂には異様な煙、狼煙のようだ、戦国合戦を目前にしているのである。

ああ、きっと映画かドラマの撮影の風景だろう、「それにしては、リアリティー

があるなー」。おっとと……、足下に槍が突き刺さったのである、「一寸、危な

いなー。」黒塗りで、螺鈿細工が豪華な槍ではあるが。                 

 「いやー、」と言う叫び声とともに、いきなり、足軽風の侍達が、目前で立

ち回りをしたのである、そして、一人が斬られたのであった。「おー、うまい

」あまりのリアルさに、思わずのかけ声。血糊と言い、斬られ方と言い、「うま

いなー、」。

 たいへんだー、「本当に死んでるぞ。」の声に、「えっええ…、本当に死んで

る…、そんな馬鹿な…、戦争なんて…」。

   そんな「馬鹿な…、戦争」が、中東では、現実に真っ最中なのである。テレ

ビ画面で見るニュース報道では、「おっ、すごい…、」。ほとんど、映画の世界

としかとれないような、そして、ほとんど他人事としか受け止められないよう

な報道、リアルさが全く無いと言えるのではないだろうか。

  悲惨、むごたらしさ、悲痛、残虐、非合理、…」の映像、報道などが、ほ

とんど省略され無かったと言ってよいのではないだろうか。

 だから、マスコミの報道を見ていると、ほとんど、「他人ごと、テレビ画面

の中だけの事件」、つまり、映画、あるいはドラマ程度の感覚でとらえている

人々がかなり多くいるのではないのだろうか。

 「倫理の問題で、あまり悲惨な映像は避けた。」との報道、マスコミ関係者

のコメントが紹介されていたようであるが、とんでもない間違いではないかと

思うのである。

悲惨、悲痛、残虐、非合理、むごたらしさ、…」の現実の映像、報道を正

確にする事によって、世界が軍国主義に傾いている気配が有る現状、視聴者に

そして、特に、将来を委ねる若者達に、戦争の悲惨さ、反戦を訴えるべきでは

ないだろうか。

 又、テロなのか…、アジア大陸での新種肺炎が、世界に爆発的に感染状態、

それも対応手段、薬も無いと言う非常事態。

  「エイズ、狂牛病、新種肺炎」この化学と科学の進歩した時代、対応手段も

ない状態、これら病気、ウイルスと二十一世紀の全人類の英知をもってして、

戦いをすべきではないだろうか。

  目前で斬られた足軽風の侍の顔を見て、びっくり…、そこには友人の顔があ

ったのである。  何とか、助けねばと思い、必死に「おーい、大丈夫か、しっか

りしろ…」と、しきりに声を掛ける、その声に、我にかえった。その死んだは

ずの友人が、私を起こそうとして声を掛けていたのであった。そういえば、花

見の口当たりのいい冷酒をぐいぐいと呑んだせいで、桜花と空の青のコントラ

ストの美しさをみているうちに、堤で寝入ってしまったようであった。

 そうか、戦国の戦いは、夢の中の出来事だったのか、現実でなくて良かった。

 しかし、もっと悲惨な戦争が、今こうして花見をしているこの現在に、起こ

っているのだなと思うと、大変悲しい事である。

 宇宙へロケットを飛ばす時代に、こんな小さな星、地球の上で、同じ人類同

士で殺しあうという戦争が有るなんて、考えられないのではないだろうか。他

の解決方法をとるべきであると思うのである。  

  堤から畦道への途中に祀られている、風化は見られるものゝ、鎌倉あたり

の作か、穏やかなお顔の野仏に、戦争の無い平和な時代が訪れる事を心から願

うのであった。

                     徳 峰

 

 

 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

bR8【五月の新緑と渋滞】  

 

五月の山々は緑一色、大空はスカイブルー、赤、青、桃、金、緑…、色とり

どり、大小のかなり威勢のいい鯉のぼりが、大空で豪泳している。

 子供達の健康、そして、健やかな成長を願っての鯉のぼりである。 

花木、草花などが、赤、白、黄、桃、紫、黒、青、緑、そして、それらの系

列の色彩の花々。あるものは、豪快に咲き乱れ、又あるものは、誰に見せるで 

もなく、可憐に咲き、あるものは、群団で乱れ咲き、群れることにより豪華さ

 をアピール。そんな、自然が一年で最高に美しい季節でもある。

樹木の色彩を改めて見てみると、ただ、グリーン一色と思っていたのだが、

とんでもない、緑でも、白系、黄系、赤系、黒系、それらの混合系、…。

 とても、「緑」と、一口では言い表せない微妙な違い、グラデーション。 

人工で近づけようとはするものの、人の力ではなしえない技のように思えるの

です。

そんな花と緑を求め、自然の中にとけ込む旅に出たのでした。

 車の排気ガスを出す事に、罪悪感を感ぜずにはいられないような、美しい

 自然。 

 視界一面、黄と青のツートンカラーの世界に飛び込んでしまったのです。

 菜の花と五月晴れの青、まるで、砂漠と同じようなイメージだったのでした、

 ただ、駱駝はいませんが。 青と黄の他、何も無い世界でありました。

 そんな、一面を見渡せる高台の場所に、持参のむしろを曳き、さらに、家紋

が鮮やかに染め抜かれた、紺の油単を重ね曳きし、小学生の頃使った事のある

 漫画キャラクター付き厚手のアルミ製弁当箱には、卵焼き、はんぺんのウスタ

ーソース焼き、たこ型細工のウインナー、鳥の照り焼きなどを詰め、最後のデザ

 ートには、真っ赤に色づいた一寸早い苺と鬼饅頭。

 そして、おもむろに懐から取り出した物は、縮緬古布に巻かれ、竹皮にくる

 まれたおにぎり、大自然の中で食するおにぎり、一流料亭やフレンチにも劣ら

ぬランチである、旬の野菜の漬け物もかならず忘れてはいない。

 青いメタリック調で、平ビニールベルトがかかっている楕円型アルミ水筒、

 小学生が遠足で良く使っていたなあー水筒には緑茶を入れ。

 新緑より深く、一口含むととろりとした甘み、新茶の香り、そして、ほのか

な苦みがかすかに、口に放り込んだ漬け物とは、この世で他に無いだろうなと

思うほど絶品なる相性、新茶の季節でもあるのです。

 照りのある米、ぱりぱりの海苔、そして、いろいろな食材の具のおにぎり、

 旬の漬け物、一杯の新茶、これらの相乗効果、「国民的日本食の原点だ、」そん

な気さえするのです。

  国民的日本食ランチを堪能し、昔、薩摩芋が収穫された時期に、どこの家庭

でも、おやつとして作られた、さいころ芋入り小麦粉蒸し饅頭が、海上がりの

 中国古染め付け皿に、一口かじると数十年前の、或るシーンが走馬燈のように、

 次々と脳裏に浮かんでくるのでした、関ヶ原の合戦に出陣していた頃の出来事も

 …、そんな事はあれせんけども。

  そして、食後はお抹茶といきたいのは、やまやまなれど、一寸お茶がきれてい

 たもので、本日は、中国製ブルーウイロウの印判染め付けカップで、食後のコ

 ーヒーと致します。

  そう、自然の清水で、ロックなしのアイスコーヒーをフレッシュなしで一杯。

 たとえ、インスタントコーヒーでも、湧き水だから、「うまーい」。

 鼻・耳・眼・口・肌から新鮮な、酸素、清水、快音、森林の気を体内に、感

じ、味わい、日頃のストレスもすっかり取れた、いい気分、リフレッシュ出来た

ところで、心残りではあるが、旅立つのでありました。

 ツートンカラーの世界をとおり抜けると、そこは、渋滞の高速道路であった、

 そこは、気持ち的に言えば、まさしく天国から地獄行きへの道路であったのでし

た…。

  入り口を通り抜け、数百メートルで、前車ハザーランプのイエロー点滅、ど

 うしたのだろう、又渋滞かー。すかさず、ラジオで道路情報を聞いてみる。

  「次のインターチェンジ手前で、車両火災発生、登り斜線全面通行止め、火

災現場から四キロメートル渋滞、大変ご迷惑をお掛け致しますが、ご協力を宜

しくお願いいたします」。

 「火災か、大変だなー、明日は我が身、お互いさまだ、しょうがない、のん

 びり待つしかないかー」、FMで、ミュージックを聴きながら、車外の新緑風景

 をぼんやりと眺めながら、待ったのである。

  三十分過ぎた、さていっこうに動く気配が無いのである、ラジオで道路情報

 を聞いてみる。

 「次のインターチェンジ手前で、車両火災発生、登り斜線全面通行止め、火

 災現場から四キロメートル渋滞、大変ご…。」まだ、ダメか。

  若干、いらついてきた。前後左右全く動きも取れない、車の洪水にはまって

しまったのである。

中には、車外に出て、体操する人、おしゃべりする人、用足しする人、我慢 

しきれず、高速道路のガードレールを乗り越え、堤を駆け下り、下の道路脇で

用足しする人、など、大変危険である。 

通行止めから、いや、自分が渋滞に巻き込まれてから、一時間、一時間半、

 二時間が過ぎ去ったのである、その都度、ラジオで道路情報を聞いてみる。

 「次のインターチェンジ手前で、車両火災発生、登り斜線全面通行止め、火

 災現場から四キロメートル渋滞、大変ご…。」

 おい、「ふざけとんじゃーねえぞー」と思い切り怒鳴ったのである、つまり、

 二時間前と全く同じ内容の道路情報をこの二時間半の間、延々とラジオから、

 流し続けているのである。

   なぜ、二時間半も経過しているのに、「火災現場から四キロメートル渋滞

 なんだ、とっくに、一つ手前のインターチェンジまで完全に渋滞しているのに

 きまっとるがやー、」なぜならば、入り口近くでは、ラジオで道路情は聞けな

 かったからである。

 全くふざけた話であり、高額な通行料を取りながら、怠慢で、何の情報にも

 ならない、ふざけた道路情報を延々と流し続ける姿勢。

 高額通行料を取り、通行止めと言う、一つの檻に閉じこめ、飲食も無し、ト

 イレも無く、行く事も、戻る事も出来ない、人権を完全に否定し、無視してい

るとしか言えない、こんなふざけた道路が日本の高速道路である。

入牢したことは無いので、定かではないのであるが、映画等で見る牢獄より待

 遇が悪い、これが先進国日本の高速道路である。おまけに、通行止め解除、出

 口料金所では、ただ事務的に料金を受け取るだけ、混雑しているせいか、「ご

迷惑をお掛けしました、」どころか、「有り難う」の言葉さえ全くない。「おま

 えらー、どうゆう教育をされとるんだー」と思わず、怒鳴り掛けたのである。

 一寸、エスカレートしてしまいましたので、緑の風景なんぞをちょいと見て、

 冷静になりますです。

  さて、「 牢獄より待遇が悪い、先進国日本の高速道路」をどうすれば良いか、

事故などで完全通行止め、これ仕方のないことで、これによる通行止めの対

策をどうするのか…。

 緊急排出出口をインターチェンジ間の中間あたりに設置し、一定の渋滞時に

 その緊急出口から下の普通道路へ排出する、当然、指導にて逆走して戻らせる、

 但し、希望者のみ、返金無し、こんな事考えてみてもらいたいのです。

  正確な情報をこまめに伝える、これは簡単すぐできる、これ常識問題外。 

 トイレの件、これがくせものですが、市販の使い捨てのものがあるようですが、

 現実、車内で用足しというのは、一人だけでも、かなりの抵抗があり、いやな

 ものです、そこで、車搭載の移動トイレを左端の通行帯を順次移動しながら利

 用してもらう、私設で許可制屋台式でもいいのでは。

 「このくらいの事はできないのかなー」と思うのでありますよ。税金で国

 民の為に作られた高速道路、人権無視で高額の通行料金を取るだけでなく、納

 得できるサービスを期待するのであります。 

頭の中は、かっと燃えて真赤っか、目前に広がるは、新緑と言う精神安定剤、

 とにかくこのへんで休憩、燃え上がり、焼けこげそうな脳に森林の新鮮な酸素

 を送り込むことにします。

  車のキーを手のひらで握りしめ車外に、そして深呼吸、毎日肌身離さず持ち

 歩いているキーホルダーとしての鐔を、ふと眺め、この時代旅も大変だったろ

 うけれど、のんびりとし、心の安まる旅だったのではないだろうか…。

  ふと、足下の色とりどりに咲き乱れる草花を見つめながら、そう思うのであ 

りました。

徳  峰 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

bR9【梅雨の散歩】  

 

雨がー、しとしーとー梅雨の田に、グゥエ、グゥエ、グゥエー、蛙が鳴い

 

てるよ。」と、はな唄を歌いたいような、気持ちに全然ならない、ゆうつな梅

 

雨の休日であった。

 

雨曇りに霞んで、まるで一幅の水墨画の中にでも、溶け込んでいるかのよう

 

なそんな山村の梅雨の早朝、まことに申し訳がないけれど、風景に全く似合わ

 

ない、ブランド品とは言え、妙に浮いてしまっている真っ赤なそして派手な縞

 

模様の雨傘をさして早朝の散歩。

 

 やはり、傘のデザインの選択を間違えたかなーと実感し、少しの後悔をして

 

いる梅雨日の山村、少々自分にあきれかえっているのであります。

 

民宿で、コケコッコーと威勢良く鳴くえらい元気のよい雄鶏。数羽いるの

 

であろう、時々、妙にうまくハモッているのである、…よおー、お見事。

 

コケコッコーはそっちに置いといて、そういえば、「番傘が最近無くなった

 

よなー、」ワンちゃんよ、と誰もいないので、この辺をうろつき回る、放し飼

 

いの真っ黒すけの「ごんた」。と言っても、私が勝手に名付けた飼い犬らしい

 

たいして立派とは言えないが、妙に人なつっこい犬。この「ごんた」に一方

 

的に同意を求めるしか無かったのだが、何か同情してくれるような気がしてな

 

らない。前世では、気のいいご隠居さんだったに違いないなあ、と思えるよう

 

な彼であったのである、多分牡のはずだが。

 

そう、番傘の事なんだけど、一昔前なら、たいてい、旅館で、「番頭さん、

 

空模様がおかしいんで、ちょいと傘をお貸しでないかね」と言えば、たいがい、

 

「へーい、どうぞお使いなさいましなー、」とでてくる傘と言えば、ごつい、

 

渋がしっかりと塗られ、筆文字で、黒く屋号と電話番号が無骨に、かつ大胆

 

に書かれた番傘が手渡されるのであった。竹製の取ってを持ち、開こうとする

 

と、ぱりぱりと言う威勢のいい、しかし、心に暖たかな優しい音でもあったの

 

でした。今ではあまり見ない、そして、聞かれない音になってしまったのです。

 

そんな番傘で、「ぱら、ぱら、ぱら…、」と心地良い、傘に降り注ぐ雨の音を

 

聞きながら、棚田の田植えの終わったばかりの、少し頼りなーい苗を見ている。

 

 ついでに、番頭さんに借りて、ちょいと引っ掛けてきた、旅館の庭に有った

 

下駄で、砂利混じりの道を歩くと、砂利を踏みしめた時の下駄と砂利が出す音、

 

これがまた心にしみる音と感じるのは私だけでしょうか、これらの音色は文化

 

だ、芸術だ、もっと大切に保存すべきではないのか。と言っても、傘や下駄の

 

メーカーの宣伝をしているのではない事だけはご了承願います。

 

やっぱ、このブランドの縞模様赤い傘と百均ぞうりではだめだーとつくづく

 

思うのでした。

 

しばらく歩いていくと、雑草が生い茂っている川堤にでていた。そこには、

 

昆虫、小動物、なかには、かなり細長ーいもの、いろんな生き物がいて、それ

 

ぞれ獲物となる生き物を捕獲し餌とし生き続けている、そんな自然生態が、かい

 

ま見られるのである。

 

 ゲロ、ゲロ、…、私の腰につり下げた根付けの蛙が鳴いているような気がし

 

ている。木彫りで、水桶に必死によじ登る蛙の姿がリアルで可愛い品である。

 

堤の雑草のなかでは、蛙が昆虫を捕り、蛙を小鳥が餌とする、川の中では

 

川鵜が上手に潜水したかとおもうと思いがけない所へ、それも大きな魚を口

 

にくわえている、狩りをしていたのだった。泳いでいる魚を口で捕獲するとは

 

何とすごい特技だろうと今更にして感心し、川鵜に負けている自分が情けなく

 

なって見える今日この頃です。

 

 動物たちは空腹を満たすため、そして、生きるため、子孫を残す為狩りをす

 

る。ただ、動物たちは、自分の胃袋さえ満腹すれば、それ以上狩りはしない。

 

しかし、人間どもは、空腹を満たすためだけでなく、必要以上の欲が働き、ま

 

た、自己中心で他の事を考えもしなくて、狩りをする、地球資源を考えない。

 

 動物たちの方が、よほど、地球環境、資源を大切にしているのであり、共栄

 

共存しているのである。

 

おっとっとー、」思わずこけそうになってしまったのでした。左足を一歩

 

踏み出そうとした時、ちらっと草履の下に見えた黄緑色の雨蛙。オタマジャク

 

シから蛙の姿に成りたての幼い、ちっちゃな、ちっちゃな雨蛙。

 

 足をくじきそうになっても、踏んづけなくて良かったと言う思いと 川魚や

 

小鳥の餌になるなーと言う思いやり…。何て自分は、こんなに素直に優しい心

 

になれるのかと、自身感心してしまったのである。これも小動物の持つ力なん

 

だろうかと、不思議に思うのでありました。

 

 普段、この長引く不景気、諸般の事情から、ほとんど、「脳内ストレス性火

 

山噴火寸前型症候群」といっても、医学辞書は引かないで下さい、絶対この病

 

名は掲載されていません、私が勝手に名付けましたので。

 

 ストレスで頭から煙を噴き上げる火山のように、日々過ごしている折り、な

 

ぜか、このちんぶくさい雨蛙をみて、素直な心に、そして、なにか優しい気持

 

ちになれた、普段忘れかけている自身の心に出会えたような、大変素晴らしい

 

梅雨の朝の散歩、そして、可愛い小動物との出会いでもありました。

 

そんな、腰に吊した蛙の根付けも、「ゲロ、ゲロ、…」鳴きそうな梅雨の堤、

 

雑草に紛れ可憐に咲く草花、小さなマーガレットと言ったところでしょうか、

 

威勢のいい雑草に負けずと、力一杯に存在感をアピールするがごとく眼に映った

 

小粒の花達でした。

 

あまりの可憐さ、生命の叫び、そんな雰囲気まで感じさせてくれるような気

 

がして、思わず一枝摘み、急いで民宿にもどったのでした。

 

「がらがら…」時代を感じさせる、古木戸を何とか開き、「おかみさん、その

 

小さな壺を一寸借りてもええかねー。」、「どうぞ、どうぞ、それにしても何なさ

 

るんですか、」とおかみさん。「ええ、さきほど雨の中、散歩をしていたら、こ

 

のかわいらしい草花が咲いてたもんで。そういえば、民宿の台所の棚に埃を被

 

っていた小壺に一輪飾ると絶体似合いそうだなと思って、一枝持ち帰ったんだ

 

がね。」 と話がすむ前に、おかみさんが埃まみれの小壺をちょいと摘み上げて、

 

こちらに手渡ししてくれたのである。

 

 「ありがとう」の言葉の余韻がこの場に残っているかのうちに、すっと、庭

 

にとびだし、手洗い場で、壺を丁寧に洗い、草花をいけたのであった。

 

 部屋の隅に置かれた明治初期頃の小箪笥に飾ったのであった。このすすだら

 

け、埃まるけの小壺はやはり幕末から明治頃の美濃焼茶壺であり、侘びの世界

 

をかもしだしている。「草花は茶壺によく似合う。」 うーん、名言だ、と勝

 

手なことを言っているのであった。

 

そう、この花が、豪華な牡丹、シャクヤクでも、ハイビスカス、カトレアで

 

も絶対似合わない。この草花だからこそ「侘び」を心に感じさせてくれるので

 

あった。

 

梅雨のなか、素晴らしい出会い、発見、侘びの心を感じさせていただいた散

 

歩でもあった、当然、旅立ちには、無理をお願いして、美濃の茶壺を所望した

 

ことは言うまでもありませんでした。

 

徳 峰

 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

bS0【蝉の声】  

 

「シャーシャーシャー・シャー…」何と、暑苦しいゴリンバの鳴き声だろう。

 

「ゴリンバ」、マリンバの事ではありません。この辺の方言で「クマゼミ」の

 

事を「ゴリンバ」と呼ぶのです。

 

 ふと懐かしい真夏の蝉の声、そんな蝉の合唱が聞けるサマーが来たのであった。

 

早朝、アイスコーヒーを片手に、愛車ランクルで夏の京都へひとっ走りしたの

 

であった。

 

 尾張名古屋は湿気でもつ、じゃなかった、城でもつでした。そのぐらい蒸し

 

暑さでは定評が有るのだが、夏の京都、これが又結構暑い。そんなくそ暑い、

 

いや、人情の厚い京都、最初に向かったのは、清水寺、門前街並みは、若者の

 

街、修学旅行に、遠足のコース、そして、外国のお客さんが非常に多い、さす

 

が観光の都市、と言ったところであった。

 

 一歩、寺の敷地に足を踏み込むと、そこは、厳かな、お線香と、時代の香り

 

が入り混じった、別世界の雰囲気を醸し出しているのであった。

 

 門前街店先でしゃがみこみ、たむろしている若者達。携帯片手、親指が、そ

 

れはまあ器用によくもあのように、指が動くものだなあ状態の、茶髪のお姉ち

 

ゃん、お兄ちゃん達も、紫煙漂う幻想的な「仏力域次元空間」とでも言おうか、

 

そんな 異次元空間に圧倒され、普段の乱れた生活を忘れ……ん…、心から合

 

掌し、健康と幸せを願っているようであり、それを見ていると「神仏」の力の

 

偉大さを思い知らされるのであった。

 

 おそまきながら、「般若心経」一巻上げ、「やっとかめにお邪魔しました、無

 

事やってこれました有り難うございました、これからも、家内安全、商売繁盛、

 

……宜しくお守り下さい、南無阿弥陀仏。」

 

ふと前方上方に目をやると、灯明と歴史、人々の思いによってか、黒い艶消

 

しの鈍い光りを漂わせている、直径1メートル以上はあろう、「掛仏」が目に

 

映ったのであった。

 

あまりの大きさ、時代が付いた味、これらは、祈る者達を威圧するには十分

 

な仏であったのである。

 

「清水の舞台から飛び降りたつもりの…」舞台からの景色を体感して、清水

 

に別れを惜しみつつ、八坂神社正面祇園通りの散策を楽しんだ。

 

 何ら普通の街並みと変わら無いなあと思っていると、いきなり、店との間に、

 

歴史を感じる古寺が現れる。

 

 正面に立ってビックリ、狭い建物の中、目の前に現れた異様に大きな仏像に、

 

腰を抜かすぐらいにたまげたのであった。さすが、京都は他とは違う…、と感

 

心してしまったのであった。

 

そんな祇園から鴨川に沿って走ると、川中に突き出た桟敷。

 

 ふと見ると、だいぶお腹のとびだした、恰幅のいい御店の旦那風な人物、数

 

人の接待客と同伴なのだろうか、にぎやかに宴が繰りひろげられているのであっ

 

た。

 

 その、どこか自分に似た感じの旦那、よく見ると、さりげなく手に持ってい

 

るのは、一寸大型の仕込み刀付き矢立、そして、さりげなく懐には、護身用短

 

刀。 この時代、といっても、ちょんまげのある時代の話ですが、「喧嘩だ…、」

 

「ひったくりだ…。」「人殺しだ…、」とまあ、現代とあまり変わりはないよう

 

です。 科学そして、化学が発展した現代と江戸時代でほとんど一緒。人間の

 

する悪事とは、時代が変わっても未だに変わっていないという情けない話であ

 

る。 ただ、当時は、「十両盗むと首が飛ぶ。」と言われ、張り付け、火あぶり、

 

打ち首、さらし首、人前での百叩き、市中曳き回しなど、結構極刑が多かったよ

 

うである。入牢者の待遇もかなり厳しくし、さらし首など、刀剣類などの所持

 

が当たり前であった社会の為か、悪事の犯罪抑制をはかっていたようであった。

 

 さて、平成の時代ではどうだろうか、金のため、人を簡単に殺しても、その

 

殺人者の過去、生い立ち、精神状態など、必要以上と言うほどの長年数、そし

 

て、調査の為にかなりの大勢の人を使い、調査し、極刑どころか、軽い刑に成

 

るような処置をしているとしか、考えられない気がする件が非常に多いように

 

感じるのである。「生い立ちがこうだから、仕方がない…、」など、じゃあ、

 

同じ生い立ちの人は、全て殺人をするのかと言いたいのである。また、刑が決

 

定して、獄中で改心したので、かなり早い仮釈放…。

 

 ふざけとんじゃねーぞ、私欲の為に、人の命を取った者は、殺せば良い、死

 

刑廃止なんて、とんでも無い話である。極刑をひろく国民に知らしめるべきで

 

ある、そうすれば凶悪犯罪なんて少なくなるだろう。又、祝い事で恩赦特赦で

 

刑減、こんな事は犯罪者に必要ない、なくせば良い。犯罪を助長するだけであ

 

る。まともに、そして、生活の苦しい中必死に生きている人々こそ褒賞すべき

 

である。 又、「獄中の待遇、人権…」こんな言葉が、飛び交う。

 

とんでもない、他人の人権を奪った者、犯罪を犯した者の人権など、考慮する必

 

要は無い。現状の甘い処置では、犯罪は増加するばかりである事は当然である。

 

 平成の長引く不景気の今、外国からは、益々増え続ける外国人不法就労者、不

 

景気の為、職を失った外人の軽犯罪の増加、日本の刑務所は待遇が非常に良い

 

とか。ある刑務所の外人の占める割合が日本人より多いそうである。出所後、

 

また軽犯罪を犯す、獄中、三食保証だからだそうである。

 

ある警察官の話、外人犯罪者曰く、「コンビニ強盗など、日本は外国に比べ、

 

拳銃、刀剣など、ほとんど所持していないので、強盗自信の命は保証されてい

 

るので、安心して強盗ができるのだ、」こんな話を聞いたのである。

 

 日本人、外人を問わず犯罪の多発化、ここに来て、世界一の安全な、治安国

 

家の神話がもろに崩れ去ってしまったのである。

 

これから、護身用懐中短刀、刀剣の二本差し、拳銃の所持が当たり前な社会

 

になってしまうのではないか、そうせざるをえなくなるのではないかと言う心

 

配が日々強くなっているのである。

 

そうならなくするためにも、刑罰を厳しくする必要が有ると思うのです。

 

お腹のとびだした、恰幅のいい御店の旦那、一寸大型の仕込み刀付き矢立、そ

 

して護身用短刀。こんな風景の無いような社会になって欲しいものと、青磁、

 

素焼きの仏を拝むのでありました。

 

 

 

徳 峰

 

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bS1【昭和レトロ】  

 

桜の川堤、夏を惜しむかのように鳴く蝉の声が少し…、朝夕めっきり涼しく

 

なった九月の初旬。と言いたいのはやまやまなれど、どうだろう、このくそ暑

 

さは、日中はフライパンの上状態、と言っても熱いフライパンには乗ったこと

 

はないのだが、きっとこんな感じに違いない、そんな気がする晩夏の猛暑。

 

こんな状態に誰がした、そう、産業の発展の副作用とでも言おうか、二酸化

 

炭素の排出による地球温暖化現象であるのだ。

 

 涼しい夏にするにも、二酸化炭素排出問題を深刻に考え、地球の国々が一つ

 

になって対処していかないと、人類の未来は無いであろう…、うん、うん。

 

 このくそ暑い晩夏ではあるが、ピンクの小さく可憐な花を無数に付けた萩の

 

花、そして、「寂しさに負けた〜、いいえ世間に負けた、この〜。」 そう、

 

曲「昭和枯れススキ」のススキが、熱風に揺れる。

 

 体感としては猛暑の夏ではあるが、着実に秋は近づいてきている気配は感じ

 

るのである、近々、蝉と赤トンボが入れ替わるだろう。

 

「昭和枯れススキ」ではなく、昨今、「昭和レトロ」と言う言葉が盛んにい

 

われているし、マスコミでもてはやされているようである。

 

そう、昭和の時代が終わって、はや十五年が過ぎようとしているのである。

 

 ある昭和の時代に村長をされていたお宅を、世代が変わり、承継者もなく古

 

屋を取り壊す、こんなお話を頂き、早速、息子と二人でトラックに乗り込み、

 

猛暑も忘れ、古屋の埃と格闘しに出かけた。

 

 半ば朽ちかけた二階には、江戸後期の箪笥、金具もしっかりとそろっている

 

ようだが、背面は崩れかけた土壁の壁土に半ば埋もれかけていた、しかし、埃

 

のかなたから、その存在感を我々にアピールしているかのようであった。

 

引き出しも別々に運び出し、昼間だが電灯が無く薄暗い、黒光りした、踏み

 

板の端が丸くすり減っている長年使い込まれ階段をふたりで、埃でむせながら

 

必死の思いで持ち出したのであった。

 

 そんな、引き出しには、多少虫の付いた古着、引き出しの底板に曳かれた飴

 

色に変色した新聞紙。

 

 さりげなく日付を見てみると、昭和二十一年十一月四日付け全国紙であった。

 

自分より年上のこの赤茶けた新聞紙をみて、妙に懐かしさと感動を覚えたので

 

あった、そして、第一面には、「新憲法公布喜び溢るる式典」の大きな記事。

 

 「明治天皇が明治二十二年大日本憲法を布告されてから五十八年目、明治節

 

のこの日、十一月三日、新憲法は名称も日本国憲法と改められた、第二次世界

 

大戦敗戦後、ポツダム宣言受諾後一年半、日本国は初めて平和的民主国家とし

 

て第一歩を踏み出し、古き日本と決別し、この日から新しい日本の歴史が書

 

き始められた、新憲法はこの日から満六ヶ月後明年五月三日から実施される。」

 

の記事とともに、宮城前の憲法公布祝賀会からお還りになる昭和両陛下に歓

 

呼をおくる群衆の写真が大きく掲載されている。

 

新憲法公布の翌日の新聞で、 昭和の時代に村長をされていた人物、記念に

 

保存されていた新聞紙だろうが、いつの間にか箪笥内の引き物にされていた。

 

そして、五十七年あまり、じっと、当時の社会情勢を伝えてきたんだろうなあ

 

…。

 

 「お父さん、どれを運べばいいの…。」の声に、ふと終戦後激動の昭和から

 

平成の誰も想像しなかったであろう、これも又、激動の大不況時代に舞戻って

 

きたのであった。

 

この半世紀くらいの短い年月、日本史上いや、世界史上、もっとも激しく進

 

歩し発展した、まさに激動の時代ではなかったろうか。

 

日本においては、戦争で何もかも無くなった時代、ただ、安価で大量生産す

 

る必要があった訳でもある、品物の生産を第一に考え、規制も甘かったと思わ

 

れる。

 

 そんな時代に大量生産された品物、デザインもなにか、ぶかっこうで、出来

 

もいまいち、色彩と言えば結構ド派手、しかし、その時代があり、現在の技術

 

・意匠ができあがってきたわけである、しかし、その時代を生きてきて、それ

 

ら不格好ではあるが、妙に暖かみのあるそれらの品物を使用してきた者達にと

 

ってみれば、懐かしさが溢れ、レトロの香りがする品物となるのである。

 

「おーい、この白黒テレビも運び出そうか。」「うん、あれっ…、リモコンが

 

無いよ。」と息子、「リモコンのまだ無い時代のテレビだ、チャンネルを、ガ

 

シャ、ガシャと回転させるんだがね」、そういえば当時、テレビが家庭にせい

 

ぜい1台しかない時代、兄弟で番組剥奪チャンネル争いをして、「ガシャ、ガ

 

シャ」とやると、親から、「そんなに、ガシャ、ガシャやるとテレビが壊れて

 

まうでいかーん。」とよく怒られた事を昨日のようにおもいだすのであった、

 

当時のテレビは白黒だが、かなり高価であったのだ。

 

 「総天然色カラーテレビ」、一寸古い言い方かな。このカラーテレヒができて、

 

家庭に普及し始めたころの初期型は、うすーいカラーで、「 このテレビ大丈夫か

 

な、なんか古くなると、段々色彩が無くなって白黒になってまえせんかー。」の

 

年寄りの声がでるようなほどの程度がよくなかったのだ、しかし、カラーテレ

 

ビ発売時では、家庭で小型の映画館、こんな感じに皆がうけとめて感動してい

 

たはずであった。

 

「早く下ろそうよ…、」の声に、「ごめん、ごめん」のことばと共に、いそ

 

いで雑貨類をトラックに積み込み、最後にのこった印判染め付けそば猪口を、

 

ポケットにねじ込み、あまり物が無かったが夢と希望があった昭和の時代か

 

ら、物あまり状態だが、先の見えない希望の少ない平成の不況の世界へトラ

 

ックで戻っていったのであった。

 

徳 峰

 

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bS2【つぎはぎだらけの子供着】  

 

川堤の桜並木も枯れ葉が出はじめ、幾枚かの枯れ葉たちが、ひらり、ひら

 

りと澄んだ秋空に舞い、そして一生を落葉と成り、育った川のせせらぎに

 

流れさ、あるいは、川底に静かに沈み永遠の眠りにつこうとしている。

 

そんな川の水中には、水草の群生が秋の空のように透き通った、冷たささ

 

え感じさせる水流に、ゆらゆらとうごめき、その生命すら感じさせられる

 

のであった。

 

そんな川面をぼんやりと眺めていると、ゆらゆらうごめく水草を隠れ簑と

 

し、小鮒の群であろうか、精一杯川の流れに、負けじと群泳している様子

 

が見られるのである、

 

彼らも必死に生きているんだな、自分もこんな社会の中ではあるが、「頑

 

張らなくてはいかんな…」、そんな気持ちになるのであった。

 

「おーい、そっちい、いかんかったかー」「うーん、うん、こうへんぞー」

 

とにぎやかな子供たちの声が聞こえてきたのであった。ふと見ると、つぎ

 

ばきだらけで、元の着物の柄がわからなくなるまで、破れを繕い、直して

 

使う、ほとんどパッチワーク状態の着物。

 

現代では考えられないような、本当に物が大切に使われているなあと、お

 

もわれる着物を着た子供たちが、それぞれ手に網、ざるなどを持ち、ちょ

 

っと冷たくなりかけた秋の川で小魚取りの遊びであった。

 

水草の下流に大きめの竹製のざるを置き、器用に、片足を水草の上から、

 

ざくざくとざるのほうへ、小魚を追いつめていく、そして、ざるをすかさ

 

ず、水面まで持ち上げると、水草、木の葉に混じり、数センチの小魚たち

 

がピチピチと飛びはねる。それは、秋のお日様に反射して、銀色にキラキ

 

ラと光輝く、獲物であった。

 

「おっ、おった、おった」、「すげえなー」、「いっひ゜ゃー、はいっとるが

 

やー」、「よーし俺もがんばるぞー」と子供たちの喜びの声がせせらぎの静

 

かな川の流れに響くのであった。

 

上手な子供は、腕まくりをして、胸まで水につかり、大きな石の川底との

 

境あたりを、息を呑み、そっと、慎重に手探りで探っていく、「ぬるり、

 

びくっ」の感触に、「おっと、やったー」の声に合わせ両手でやっとつか

 

んだ、超大物魚体、大鮒か、大鯉であろう、「やったぞー」の大声に、他

 

の子供たちは、せせらぎの中を走り駆け寄ってくるのであった。

 

「どうだー、でっきゃーだろう」の自信たっぷりの子供に、「すっげえな

 

ー、さすがだなー」の声と共に、「この野郎おまえになんかまけんぞー」

 

とそれぞれのこどもたちは大物目当てに頑張るのであった。すごい闘争心

 

である、今思えば、ハングリー精神がこんな所でも、養われていたのであ

 

った。

 

「おーい、こらっ、こっちー来たらいかーん、あっちへ行ってやれー」と

 

は、早朝から釣りのおじいさん、置き竿で、鰻、鯰をねらい、生き餌で鮒

 

にシラハエねらいの頑固爺さん風。

 

そう、食卓にのるおかずを釣っているのである。「おじいさん何が釣れた

 

のー」の子供の呼びかけに、「おー、きょうは、とくだゃーの鯰に、鯉の

 

できゃーのがつれたわー、あとは、たゃーしたもんじゃーにゃーわー、雑魚

 

ばっかりた゛わー」。「ええなー、一寸見せてー、おお、すげえー、さすが、

 

おじいさんは、すげぇーなー」。「おみゃーたーは、なにん、とれたやー、

 

おん、おおきいやつとったなー、りっぱなもんだぎゃー」。

 

そんな、地元の老人と、子供たちのコミュニケーションが、常にある時代

 

であったのである。

 

「さあ、まー、暗なったでー、おみゃーたーも、うちー帰れよー」。

 

学校から帰ったら、鞄をほっぽりだして、そのまんま川遊び、暗くなって、

 

川遊びから帰ると、暖かいみそ汁の香り、里芋と野菜の煮物、今日はご馳

 

走、秋刀魚の塩焼き、焼けた香ばしい臭いがお腹に浸みる、印判染め付け

 

かるた文茶碗には、白米の少し混じった麦ご飯、そして、同じく印判小皿

 

には、大根のぬき菜の一夜漬け、「いただきます、おー、秋刀魚がうみゃ

 

ー」必死に、兄弟喧嘩も忘れ、晩ご飯をかっこむ子供達であった。

 

テレビの無い時代、父親が聞く浪花節を聞いてると、だんだん眠気がでは

 

じめ、宿題もそこそこ、五右衛門風呂に兄弟かわりべんこに入る、カラス

 

の行水だ。

 

昼間の川遊びに疲れ、せんべい布団に潜ったかと思ったら、早速、いびき

 

が聞こえてくる。そのうち、暑いのか、腹をだして眠っているが風邪ひと

 

つひかない元気な子供達であった。

 

現代の子供たちの、忙しさに比べ、なんと、のびのびとした生活だろう、

 

しかし、遊びのなかにも、そして、地域の中からも、学んでいるのであっ

 

た。

 

現代の小中学生、夜間十時だというのに、塾かえりだと言う、残業父親よ

 

り、厳しいスケジュールをこなしている、こんな事はおかしいのではない

 

だろうか。

 

生活、そして、心に余裕の無いスケジュール、詰め込み教育、こんな事が

 

本当に必要なのだろうか、受験戦争の負け犬に成らない為なのである、本

 

筋が間違っているのではないのか、子供は、もっと、のびのびと育てるべ

 

きではないだろうか。

 

最近週休二日制のため、以前に比べ、学力がおちこんだ、こんなことが言

 

われている。詰め込み、そして、試験の成績主体の記憶力重視の教育現場。

 

子供達に、ゆとりのある、そして、社会体験、地域の人々とのコミュニケ

 

ーションなど、スポーツに、趣味に、娯楽に親しめる配慮から始まった週

 

休二日制、ところが、実際は、塾あるいは家庭教師等で、週休二日制の学

 

力不足分を補って下さいとの教育現場からの話、何か間違っているのであ

 

る。

 

「詰め込み、記憶力重視」ではなく、本来大切なのは、「創造力の修得」

 

だとおもうのである。資源の無い我が国、不景気の中、世界トップクラス

 

の賃金の高さ、給料が良いとして安心している場合では無い、賃金の安い

 

国々の商品に競争力で負け、物が全く売れなくなっている。世界に通用で

 

きる事として、全く新しい商品の開発、新発想による思考、新技術の開発、

 

これしか無いのである。

 

これからの日本を背負っていく子供達には、この新しい考え方、すなわち、

 

「創造力」を身につけて欲しいのである。基礎学力も大切ではあるが、受

 

験戦争の為の詰め込み教育、記憶力重視の教育など、また、受験戦争など、

 

全く意味の無い事である。特にこの不景気で先の見えない時代、高学歴も

 

有名学歴など、実社会に置いては何の役にも立たない、「創造的な物の考

 

え方」のできる事が大切である。

 

そしてもうひとつ、物の無い時代、「あれも欲しい、これも欲しい、大人

 

になったら、絶対お金もうけをして買うぞー」そんな時代、ハングリー精

 

神旺盛な子供達、このハングリー精神が、高度成長を成し遂げたと言って

 

も過言ではないのではないだろうか、つまり、「ハングリー精神の重要性」

 

である。

 

ぼろぼろの半ば、つぎはぎだらけの、パッチワーク状態の着物、これは、

 

ハングリー精神養成に大切な、貢献をしていたのであった。

 

パッチワーク状態の着物を着た子供達が、ざるを片手に小魚取りの遊びす

 

ら出来ない多忙なスケジュール、そして、せせらぎの汚れた川…。

 

ふと、川面を見つめている我に戻り、放流された大型サイズが妙にそろっ

 

た鯉の群をみて、悲しささえ感じるのであった。ただ、救いは、堤一面に

 

咲き乱れる、白、ピンク、濃ピンク、白にピンクの覆輪、これら可憐に咲

 

き乱れるコスモスの花の群、そして、真紅の絨毯のごとく、妖艶に咲き乱

 

れる曼珠沙華の花々の美しさであった、

 

徳 峰

 

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bS3【白鷺と腹黒鷺】  

 

わずかに残る紅葉の葉、北から時々吹いてくる風も、やや冷たささえ感じる、

四季を通してもっとも鮮やかに、自然が美しく色づく季節、山並み、そして、街道の並木。

 

 その紅葉の並木に、朝日が木の葉の間から差し込み、多少は虫食いの紅葉に反射して、

あるいは、紅葉の葉を光が透き通り、鮮やかな色彩を発しているかのようにさえ見える

のである。

 

並木にそって小川が流れ、透き通るような水の、流れる音が、静まりかえった山村に

快くまた懐かしく響き、誰の心にもなぜか、ふと、故郷を思い起こさせるような音色

に聞こえるのであった。

 

そんな背光に透け、真っ赤に色づいた木の葉、微妙に彩色された色彩のバリエーション

、そんな自然の美を、しばし見つめ、たたずんで居ると、何か鳥の様な物が川面に

飛来する気配を視界の片隅で感じたのであった。

 

ふと何気なく小川に眼をやると、それは、黒く細長い足と細いくちばし持った純白の

白鷺であった。

 

真っ赤に燃えるがごとく色づいた紅葉に対比し、その純白の鷺の姿が又素晴らしく

美しく感じられるのであった。眼が洗われるようであり、自分の視界がリセット

されたようにも感じられたのであった。

 

自然の織りなす色彩そして、意匠、色彩と意匠とが作りだす自然の芸術品、

これは人工ではなしえない美であり、サンプルであり、到達しえない芸術でもある。

 

紅葉の視界の中、純白な白鷺が妙に新鮮に映り、そして、秋のせせらぎに妙にマッチ

している事に感動を覚えるひととき、しばし、行動を観察していたのであった。

 

浅瀬の川藻に、黒く細長い片足で立ちこみ、他の足で、小刻みに振動させ、まるで

バイブレーションのように動かし、小魚など獲物を川藻から追い出す。

 

獲物を見つけたのであろうか、水面ぎりぎりに待機しているS字状の首を一瞬、

水中に突っ込んだかと思うと、獲物を捕らえ飲み込んでいる、これは、とても

人間技では無い…、いや、鷺技であった。

 

小川の川藻全体を、くまなく探っていくさまは、まるで、石の影、よどみ、

ちゃらせ、流れ込み、落ち込みなど全てのポイントを探って釣っては移動する、

人の渓流釣りのようであった。

 

そんな白鷺の漁にしばらく見とれていて、ふと気が付いてみれば、約束の時間が

迫っていたので、急いで並木に沿って、ひとっぱしり走ったのであった、そう、

依頼を受けての道中であったのである。

 

しばらくすると、目的地である野中の一軒家の古屋が見えてきたのであった、

代々続いていそうな立派な古屋であった。

 

挨拶もそこそこ、座敷に通された、仕草、物言いが妙に上品な老夫妻。

 

早速、目前に並べられた茶道具、軸、刀剣など、家代々伝わる品、そして、

骨董好きなご隠居収集品との事、道具類の鑑定。

 

なかなか良い品、「道八」、「仁清」、「木米」などの陶器類、室町あたり

の刀剣、脇差し類、軸が数本、中に大変気になった軸1本、そう、ここへ

至る間に小川で見つめていた白鷺、この白鷺が水辺の花盛りの池で、獲物を

狙っているさまがいきいきと描かれているのである。

 

鑑定も早々に、数点を買い取ったのである、その中には、当然、白鷺の軸も

含まれていたのである。

 

ところで、話は変わって、白鷺なら純真で良いのだが、腹黒鷺、つまり、詐偽

が何と横行しているのだろうか、この老夫妻も、どうもこの腹黒鷺の餌食に

されてしまったようであった。いつの時代でも詐欺師はいて、あの手、

この手で人を食う。

 

最近、この超長びく不景気のせいか、特に老人を狙う腹黒鷺が頻繁に世間を

飛び交うようである。

 

ある時は、電話作戦、電話帳片手で、上手い口調、甘いうたい文句で、「絶対、

今ご契約されれば儲かりますよ…」、「銀行も今時、大変危ないですよ、それ

より、将来を見通しご購入を、値上がり間違いなしですよ…」、赤の他人に儲け

話を持ってくる人間がいるわけがない、儲かりゃ自分でやれよ。

 

「おれおれ、おばあちゃん事故やっちゃった、お金振り込んで…」、「さあ、

お話聞くだけで、粗品をいっぱい差し上げますよ。ええ…、帰るんですか、今、

買うって手を挙げたじゃないですか…と、今までと人が変わってすごむ怖いおに

いさん。」この長い不景気、物も売れない時期、ただで物はくれるわけ有りません、

不当高額商品売りつけの催眠商法。

 

インターネット、通信販売、オークション、支払いを終わっても、品物も送って

こないし、問い合わせ先の住所・電話は全く偽物、このような例はいくらでも

有るようです。

 

あの商品、この商品と品物を買えての、相変わらず、とどまるところを知らない

ネズミ講、また、「内職、アルバイトで高額になりますよ」と言って、ノウハウ書

に機械とか道具の売りつけ、あるいは生物の養殖業でバカ高い種親の販売、実際製作、

あるいは、繁殖させると、最初は儲けさせてくれる、次からは、あれや、これやの

クレームで、二束三文。

 

この世の中、甘い話はごろごろ、しかし、おいしい話を持ちかけてくる物の九九.

九九九パーセントは白鷺でなく、腹黒鷺つまり、腹黒詐偽なのである。

 

但し、契約する前に何事も、おいしそーな話は疑ってみる、なぜ儲かるのか、この品物

が流通し、一般に通常に購入され消費されるのだろうか、などを一度、第三者的に慎重

に検討すれば、腹黒い詐偽かどうかは判るものです。

 

また、腹黒鷺にとらえられ、飲み込まれた場合、あるいは、購入してしまったなら、

怒るばかりでなく、冷静になってこれも検討すれば、解決できるはずである。

 

まあ、いずれにしても、小金がたまり、欲をだすと腹黒鷺に狙われ捕獲されてしまう

のでご注意、こんな時はのんびりと欲を捨てて、小川の白鷺でも見に出かけて下さい。

 

この平成大恐慌の初秋のなか、あまーい、おいしい話は、時代の織部窯割れ四足皿に

乗った栗饅頭だけか、まあ、冷静になって、一寸ぬるめの抹茶を古瀬戸ぶち割れ直し

茶碗で一服、さほど欲もなく、また、かんじんな小金もないので、自分の周りには、

白鷺しか飛来しないようなので安心…、ではあるが、何だか情けないような話で

もある…。

 

徳 峰

 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

bS4【正月三日の初恵比寿】  

 

 ご来光を浴び、光輝く二〇〇四年元旦の始まりであった。昨年は、不景気に

 

戦争、何一つ明るいニュースも無い年であったのであるが、新年は、景気回復

 

の兆しも見えてきており、これで、戦争にテロが鎮まればこれだけでも佳い年

 

と言えるのではないだろうか…。

 

  今日は、正月三日の初恵比寿、年の初め、過ぎし年のお礼、そして新年のご

 

挨拶とお願い事、そして御利益を頂きたく初詣に家族一緒に出かけたのである。

 

 朝日は燦々と、今年の将来を照らし出すかのような日和である。ただ、長引

 

く不況のせいか、例年に無く車の長蛇の列、そう、最後の神頼みと言ったとこ

 

ろであろうか、誰も彼も同じ悲痛な願いである。

 

  やっとの事で神社に到着、エラから藁を通した鯛に鮒のお供え物、ぱくぱく

 

と威勢のいい鮒のお供え物を子供達に持たせ、恵比寿様には鯛が絶対似合うの

 

だが、不景気のあおり、お値段のお安い鮒にさせていただいたのである、まあ、

 

ぱくぱくと生きているようだし新鮮で威勢がいいから、まあいいか…、という

 

ことで、次回は鯛がお供えできるようにと祈るのであった。

 

「さあ、写真を取ったろかー、」と、携帯電話を取り出すと、「もう、ええわ

 

…」との子供達の声。そうか、毎年の事で、それぞれがお供え物の鮒を吊し、

 

大黒恵比寿さんの前で記念写真、これがおきまりのコースであったのだ。

 

気にもしていなかったが、かっこわりー、そんなに成長していたか、そうい

 

えば子供達は親よりも背も高く成っていたのだと気が付くのであった。

 

写真が撮れないと言うは寂しさもあるが、反面成長は嬉しくもある。そんな、

 

正月家族のひとこまであったのである。祈願を済ませ、例年により、あやか

 

りたいと宝船をうけ、新年の太陽の暖かさが籠もる車中の人となったのであ

 

った。

 

 次へ移動の途中、まだ氷水のように冷たい川瀬のなか、赤、青の帽子というか

 

頭巾を被った偉い恰幅のいい人物達、これが又、金糸織り込みの着物を着て、ふ

 

くよかな、そして、にこやかな顔が印象的であった、背中に背負った大きな袋、

 

なにかごつごつとした感じ、ふと見ると空き缶拾いのようだった。

 

 どこかで見かけた人物だと思ったら、先ほど神社で見かけた張り紙の中の大

 

黒恵比寿像のようであったのである…。「もう、そろそろ出発しよう」と肩を叩かれ、

ふと気が付けば、そうか、あまり車内が暖かかったので、つい、うとうととしてしまった、

さあ、出発しようか。

 

「そうか、空き缶拾ってリサイクル」つまり、物を捨てるばかりでなく、リサイクルし

て金運を得なさいと訴えていたのだろうか、大黒恵比寿様の夢を見たのであった、

これは正月早々縁起の良い夢であったのである。

 

 そういえば、弊社店先にもいろんな、大黒恵比寿像か゛並んでいる、木像の

 

すすで、燻し銀じゃなくて、燻し黒の大黒恵比寿さん、きっと、へっつい近くに

 

祀られていたのであろう、なかば燻製に近いのではないかと思われるほどの大

 

黒恵比寿さん。陶器製に乾漆製、そして國明筆版画製の大黒恵比寿様は、店先の

 

パソコンディスクトップ壁紙になっています。これら大黒恵比寿像達がこのよ

 

うな夢を見させてくれたのだろうか、今年はなにか佳い年に成りそうである。

 

 リサイクルと言えば、江戸時代、江戸の街は現代よりも優れたリサイクル大

 

都市であった、見たことは無いですよ、聞いた話、読んだ話ですが。

 

 どんな物でもリサイクルする、そしてそれが商売になるという。

 

リサイクル販売としては、三つ物売り(古着屋)、竹馬きれ売り(竹馬売りじ

 

ゃないです、古布・古きれ・古着屋)、還魂紙売り・渋紙売り(現代でいう再生

 

トイレットペーパー・再生紙売り)、献残屋(今日のデパートの贈答品処分売

 

り、但し再度使い回し出きる物に限るとの事)修理修繕業としては、キセルの

 

竹の交換は羅宇屋、てやんでー徳さんは、桶・樽のたがの緩み修理のたが屋

 

である、桶樽のたがの緩みの直しに、はめ替え。べらぼーめー源さんは、威勢

 

のいい鋳掛屋、鍋釜の穴あき修理が本職である。

 

、陶器の割れた物の修理は瀬戸物焼接屋、下駄の歯入れ、提灯の張り替え屋。

 

 不用品回収業には、古傘買い、ろうそくの流れ買い(集めて溶かし再生する)

 

、灰買い(肥料に売る)おちゃない(髪の毛の抜け落ちた物を買い集め、かも

 

じ、つまり添え髪にして販売した。)そして、大店のかなり、たよりなーい遊

 

び人の若旦那が就職をしたという、落語にもでてくる商売に、紙屑拾いに紙屑

 

買い、現代に比べ非常に貴重品の紙、どんな紙でも絶対捨てる事が無かったと

 

言う。回収、再生して、襖のした張り、柿渋を塗りうちわに傘張りに使用した

 

という。二酸化炭素削減で地球環境に優しいペーパーレスを江戸の町の人々は

 

すでに実行していたのであった。

 

 ついでに武家屋敷から、向こう三軒両隣、九尺二間の棟割長屋すべてから

 

出る糞尿も、「あっ、すいません」いきなり臭いそうな話で…。農村に運ばれ

 

て、作物の下肥になった。棟割長屋の共同トイレ、一人いくらで人数分だけ大

 

家さんの副収入になったという、徹底したリサイクルである。

 

 「もったいない、もったいない」の昔人の考え方を再度見直さなければな

 

らない時代がきたのである。やれ作れの生産第一で、環境を破壊し、資源を使

 

い切り、その結果と言うか、副作用が表れた現代、再生不能に陥り欠けた地球

 

を現代人が、未来の子孫の為にも、復元し、罪滅ぼしをせねば成らない時期

 

が来たのである。又、産業構造を変えるべきであろう、リサイクルを重要主力

 

産業とすべきである。また、最近巷にはやっているワンコイン店、これは、

 

便利であるが、物を、つまり資源を大切にせねば成らない時代、安価な為に

 

不必要な品物の買いすぎ、そして、ついつい使い捨て、結果、資源の無駄使

 

い…、決して良いとは思えないのだが。

 

 「もったいない、もったいない」の昔人の考え方が、古民具、古美術、骨

 

董を守ってきたのである、これも大変意義ある事である、がしかし、最近古

 

美術品でなく、リサイクル品の持ち込みが増えてきて一寸困ってはいるので

 

すが。「あっ、お客さん、その乾漆の時代恵比寿さーんと、足の無い赤い膳

 

だけいただいておきます、後はリサイクル屋さんへお願いします。」時代色

 

の付いた乾漆像、そして、長さ1メートルもありそうな足の無い海老赤色の

 

大型祝い膳、又図柄が大変よろしく、海岸の松の枝下、恵比寿さんが大きな

 

鯛を手に、足下には米俵と大変縁起のいい祝い膳である。今では、店先でお

 

客様を出迎えていてくれています。この海老赤色の恵比寿さんの顔を一目見

 

るとなぜか心が和むのは私だけではないのではないだろうか、「癒しの恵比

 

寿さん」なのです、今では、店の大切なスタッフの一員なのです。

 

 正月早々大黒恵比寿さんのおかげで地球環境・資源・リサイクルについて

 

考えさせられる新年となったのであった、大黒恵比寿さんに合掌。 徳 峰

 

 

 

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bS5【お雛さん】  

 

二月も下旬になると、朝晩はまだ冷え込むものの、日中はお天気さえ良ければ

 

ポカポカ陽気の小春日和。

 

 「だいぶ暖かなったけど、風は、こ寒いなも…、暖かなったり、寒かったり

 

だで、風邪をひきゃーすなよー。」とは近所の今時の元気なお年寄り。

 

   「灯りをつけましょ、ぼんぼりにー、ちゃかちゃんちゃんちゃん…。」どこ

 

からか聞こえてくるのは雛祭りの歌、なーんだ、雛人形の宣伝CAR

 

  そうか、そんな季節がきたんだなー、そういえば、早朝散歩のとき、土手に

 

米粒位のピンク、ブルーの草花が咲いているのを発見したのでした。つい最近

 

まで、土手が霜で真っ白に凍てついていたはずなのに、知らぬまに草花が開花

 

する時期になっていたのであった、なにか心が暖かく感じるのであった。

 

  女児が健やかに育ち幸福になれますようにと、心から祈り、御雛人形をお祀

 

りし、願うのである、そんな切なる心が通ったお雛様なのである。

 

  弊社店先にも、年中、女性のお客様のご多幸をお祈りすべく 数点の御雛様が

 

お祀りしてあるのです。「えっ、ただ売れないだけじゃーないのって…、」それ

 

を言っちゃーおしまいよ…」。

 

  そんな事はございませんですよ。1組は初だしの大正時代の陶雛内裏雛人形、

 

一部欠け込みは有りますか゛独特なお顔立ち、時代を反映している素朴な一品です。

 

 もう1組の雛人形は、多少埃を被ったガラスショーケースの背面から、お客様

 

をお守りするかのように店内を見守っている、明治時代の押し雛、1面は内裏雛、

 

冠が取れかけてはいますが、もう一面は五人囃子、楽器又は、部品の欠落が若干

 

ありますが、時代の味がある雛人形です、虫食いも少なく、娘さんの幸せを願

 

い、大切に保管され、受け継がれてきたのでしょう。

 

子供の健やかな成長を願う、親が子供を大切に思い育ててきた、子供に対す

 

る愛情が品物から、「じんじん」と伝わってくるわけです。

 

 それに比べ、昨今、「幼児虐待」それも実の親の犯罪と言う、子を守るのなら、

 

自らの命を賭ける動物界では絶対あり得ないと思われるような、そう、畜生以下

 

の行為ではないかとも思えるのである、なぜこのような事件が多々発生するのだ

 

ろうか。

 

出産時には、「子供の健やかな成長を願う、子供を大切に育てる思い、子

 

供に対する愛情」が、すべての親には有ったはずである、それがなぜ、「幼児

 

虐待」にまで発展してしまうのであろうか。

 

赤ん坊の育て方、幼児の扱いが分からない、どのように子供に接したらいい

 

のかが解らない、又、自己中心の甘えから子供が煩わしくなった、泣きやま

 

ないから、可愛く無くなった、「おい、おい、ペットじゃあないぞー」。

 

これらが、だんだんとエスカレートして、虐待になっていったとか、よく当事

 

者の親の悩み、理由が報道されている訳です。

 

身体は大人でも、中身はまだ子供。ではどうしたら未然に防げるのでしょう

 

か、考えなくては。

 

 「赤ん坊の育て方、幼児の扱いが分からない、どのように子供に接したら

 

いいのかが分からない」これは想像するに、その親が育った環境、その両親

 

に問題が有ると考えられるのではないだろうか。

 

 つまり、一部の人々ではあろうが、高度成長期のなか、生活をエンジョイす

 

るため、夫婦共稼ぎ、こどもは鍵っ子、多忙の為、まともに親の愛情を貰っ

 

た事のない、また、少子化で甘やかされて育てられ、自分中心のわがままな

 

子供達、自分が今度は子供の親になってしまったことはよいが、どう接した

 

ら良いのか、どう扱ったら良いのかが解らない。

 

まるで、人間に育てられ、すり込みが無いため、子育てが出来ない手乗

 

り文鳥の育児と似てはいないだろうか。

 

 とくに核家族化し、聞こうにも聞く人すら身近にいない、次第に精神的に

 

追いつめられ、ノイローゼぎみとなり、犯行に及ぶという事態。

 

周りの人々の見守り、そして、大切なことは、相談出来る仲間、そして、も

 

っとも大切なことは、結婚前後の年齢に、育児等の社会勉強をする機会、場

 

所をもうける必要が有るのではないだろうか。

 

「道徳」の欠落したこの世の中、シングルマザー・離婚が別に特別でも無

 

く、ごく普通になってきている昨今、このあたりから、なにかが変になっ

 

てきているのではないであろうか、と、まあこんなふうに思うのですが。

 

  雛人形の前で、子供の健やかな成長を願い、子供を大切に思い育てる、

 

子供への愛情は、どんな親でも初めは持っていたはずである。

 

明治時代の押し雛達は、いろんな世代の子育てを見てきたが、昨今では、

 

かなり嘆いているのではないかと、内裏雛の髪が薄くなっているのを見

 

ると、思うのであります…、「あっ、違った」虫食いのせいでした。

 

今昔の雛人形を飾り付けた前で、娘が李朝雨漏り徳利で、ほんのり

 

と甘みのある白酒を、とろとろ古唐津のぐい飲みについでくれる、

 

一口含むと、口の中に広がる甘みとこく、そして旨味。

 

ふと見れば、雛壇に紅白緑の三色三段に重なった菱餅が古伊万里染め付

 

け中皿にお供えしてある、今では、菱形の三色ケーキか寿司となってし

 

まっているが、やはり、菱餅が一番似合うと思うのである。

 

朱塗蒔絵の碗には、一寸大粒の蛤と菜花の蕾の鮮明な緑が器と彩

 

りも良い吸い物にされている、元禄赤絵の大皿に盛りつけられたちら

 

し寿司、家族でいただく雛祭りの夕餉、いつまでも娘の成長と幸せを

 

祈っていきたいものである。

 

  そして、すべての家庭で、幼児虐待、家庭内暴力など無い平和で幸

 

せな家庭になるよう、雛壇のまえで、ただ祈るのであった。

 

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bS6【ツバメの巣と大岡政談】  

 

一年で最高に気候の良い五月、山野は芽吹き、あらゆる花々が咲き乱れ、

 

動物たちの繁殖も盛んである。

 

 さまざまに萌える新緑の芽吹き時期も、六月の声を聞く頃には、早すぎさり

 

、早々と梅雨入りを感じさせるかのような生暖かめの風、そして、それは草木

 

の香りをもはこんでくるのであった。

 

 シトシト、シトシトと…、連続で降りしきる雨、あめ、アメ、…。

 

 地上のすべての物に、雨がしみこんでいく、こじんまりとした店先に、染め

 

付け山水図の火鉢、その上に乗っかった、今ではほとんど使われなくなった檜造

 

りのお櫃、中には水が張ってあり、ホテイアオイの水草も生長し、今では貴重

 

な数匹のメダカが元気に泳ぎ舞っている、そんな水中のメダカたちもしけるそう

 

な。しかし、そう、あなたのお肌にはうるおいが…。

 

 浅瀬の草むらには、ピーピーと鳴く、よちよち歩きの小さな縫いぐるみのよ

 

うなカルガモの雛たち、そして、堤から川の中心に枝をおとす雑木の枝に止

 

まり、これ又、チュチュチュと餌のおねだりをしているのは、艶美服をまと

 

う前のツバメの雛たち、まだまだくちばしが黄色いです。

 

そう言えば、数年前の今頃の季節だったと思いますが、お客さんのお宅を訪

 

ねたところ、旧家の玄関のいかにも歴史を感じ取れる、風化によるのであろう

 

木目も洗い出された天井板に、リンゴ箱の板ででも作られたのであろう、無骨

 

な造りの巣受け台、そこには泥でできたツバメの巣が一つ、中からは、チュ

 

チュチュの声が聞こえる、当然土間を見ればツバメのなにがばらばら、しばら

 

く鳴き声に聞き入っていると、外からツバメの親が玄関の少し開けられた扉の

 

隙間から入り、巣の雛に餌を与えている、こんなところにも生き物の営みがあ

 

った。

 

「可愛くて良いですね」と家人に声を掛けると、「まあ、昔からずーと来てい

 

るから、可愛いですけど、なには土間にたれるし、いつでも玄関の戸を少し開

 

けておかないかんしねー。」と言いながらも、日焼けしたしわだらけの顔で、う

 

れしそーに語る腰のちょっと曲がったおばあさん。

 

 どうも、とても几帳面な人では、ツバメに巣をつくってもらえないだろうな

 

と思ったりしながら、子供の頃友達の家にもそういえばツバメの巣が有った事

 

をふと思い出し、懐かしさをかみしめていたのであった。

 

 今時、このような、のんびりした、おおらかな気持ちでツバメたちを見守っ

 

てあげる、そんな心の余裕のある生き方がしていきたいなあとつくづく思いなが

 

ら、 手渡された、「柳の垂れた枝の下を飛ぶツバメの意匠、足下には、金銀の

 

象嵌のある、笹葉の下草。」こんな図柄の鍔を手にして、値踏みをしていたの

 

であった。 このような季節にこのような意匠の鍔を用いるなど、なかなか

 

粋な侍がいたものである。江戸時代と言えば、戦国の時代も遠く、平和な時

 

代になっているのか、刀剣が、人殺しの道具から、武士の魂つまりは、武士の

 

象徴であり、財産、宝物になっていたようである。

 

人殺しの道具と言えば、刀剣でなく、ナイフで小学生が、同級生の子供を殺

 

害してしまうというとんでもない事件が発生してしまったのである。

 

それも、事故でなく、殺す気で殺したと言う事で、さらにショッキングで悲しい

 

話である。

 

チャットの中でもめたとか、普段から、殺人暴力ゲーム、映画を好み、自ら

 

もそれらの小説も書いていたとの報道。

 

 つまりは、ゲーム・ムービーの世界がその子供にとってごく普通、つまり、

 

暴力・殺人はごく普通におこる行為、そして、又、毎日のように、マスコミで

 

暴力・殺人が報道されている訳で、ゲーム・ムービー・マスコミの中の行為だと

 

言う事と、自分を取り巻く現実とを区別できる思考が出来なくなってしまって

 

いるのではないかと思われるのである。

 

 情報が複雑になってしまっている、そのような複雑な社会情勢の中で、彼ら

 

は育っているのである。

 

 いろんな意味で、ゲーム・ムービー・マスコミその他、表現の自由が認められ

 

ているが、これらの影響は多大であり、やはり、ある一線で制御すべきではない

 

だろうか、その時代、社会情勢に合致した「自由」が本来の姿ではないのか。

 

それに、ここにきて、現実に起こっているゲームのような戦争、この戦争も、

 

我々の生活・肉親には、一部の人々を除けば直接関係しているわけではない。

 

しかし、マスコミなどでは、まるでゲーム・ムービーのごとく報道され、現実

 

とゲーム・ムービーとの境界がなくなっているような、錯覚さえしてしまうほ

 

どである。

 

もう一つ言える事は、私欲のため殺人を犯しても、犯罪者への、あまりにも

 

軽い刑のため、よほどの場合をのぞけば、数年で、社会復帰をしている。

 

こんな現実、このような事例ばかりが目立つのである。犯罪者は、犯罪を軽く

 

考えすぎている、これらをマスコミで報道しているが、これらは犯罪を増加

 

させる引き金になってしまっているのではないのか。刑を軽くすることが、文

 

明国家、治安国家ではないはずだと思うのだが。

 

 「御用だ、御用だ…」岡っ引きたちが、ある者は真鍮丸棒で赤い房のついた十

 

手を持ち、また、角鋼材製で切れかけのお粗末な綱でできた房のついた十手を持

 

った者、また、お代官様はさすが、象嵌入り半ひねり意匠の立派な細工の金具

 

のついた、さらに、取ってをねじれば仕込み刃付きの十手、そんないろんな

 

十手の輪の中で、義賊、石川五右衛門がお縄になった、悪人から金品を盗り、

 

貧しい人々に施した、そんな貧しい人々のために、盗賊をした五右衛門ですら、

 

群衆の目前で釜ゆでで処刑されてしまったと言われている。

 

 また、張り付け、さらし首、火あぶりの刑、吊し首など、河原などで、見せ

 

しめの為に、わざと群衆の目前で刑を執行したのである。

 

 「十両盗ると首が飛ぶ」など、今から比べれば、かなり厳しい刑罰、それに

 

よって犯罪を防いでいたのであろう。

 

 「罪を憎んで、人を憎まず」 と言うことわざがあるが、もはや、このよう

 

なことわざは、平成の時代には通用しなくなってしまっているのではないだ

 

ろうか、「罪を憎んで、人も憎む」。被害者の事を考えるよりも、加害者の人権、

 

社会復帰を主に考えようとしているようにしか思えない、現代の刑法は全く変

 

ではないだろうか、そんな気がしてならないのである。

 

もう、こうなったら、額に白はちまきをして、「ここで会ったが何年め、我こ

 

そは、誰々の遺子、親の敵、尋常に勝負…」このような事をするしかなくなる

 

のではなかろうか。このような風景が、あちこちでみられるようになるかもし

 

れない、つまり、今の刑法には任せきれなくなっている、自分で敵討ちすると

 

いう事しかしようがなくなっている気がしてならない。            

 

死刑廃止が叫ばれている昨今、死刑廃止が犯罪多発に影響をしている現状、

 

もっと文明国らしく、安心して暮らせる治安国家にしてもらいたいと思いながら、

 

古屋解体時にでてきたと言う、明治40年の赤色ゴム印のある、「大岡政談・

 

薮原検校」神田伯龍講演、の「手刷り木版挿し絵入り」古本に目を通す、「さ

 

すがの大岡裁き、」名奉行 大岡越前守殿にお出まし願わねば、平成日本の治

 

安国家は保てないのではないだろうかと思いながら…。   温故知新…。

 

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   徳 峰

 

 

bS7【軍刀と平和】  

 

ぎんぎらぎんに照りつける太陽の日差しをさえぎってくれる桜の古木並木、

 

しかし、誰かさんの頭のなかと同じで、暑さをいっそう盛り立ててくれている

 

蝉の声…参った。 そんな蝉の鳴き声が、いつしか暑さは残るものの、涼しさを

 

感じさせる秋の虫の声に代わっている、しかし、異常に台風と地震と雷の多い

 

蒸し暑い初秋のこの頃である。

 

お盆休み頃からのアテネオリンピック、寝る時間を惜しみ、ついつい、テレ

 

ビ観覧、選手の力一杯の競技にも負けず。

 

 昭和の厚手上げ底のごつい、それでも何かぬくもりが感じられるコップにあ

 

ふれんばかりの泡を満たし、古伊万里白磁梅花文様小皿に大盛りのピーナツを肴

 

に、ぐいぐいとあおる、のどごしのピリピリ感、「うーん、最高」。ビールじゃな

 

いですよ、コーラのことです、アルコールは全く飲めないんですよ。

 

 眠気と暑さに負けず、仕事とオリンピックを両立させ、メダルを取ったとき

 

には、自分の事のように感動し、日の丸を見ては涙したのである。自分がこの

 

ときばかりは、こんなに愛国者であったかと思うほど、日の丸の旗が世界一にす

 

ばらしく、誇りに思えるのであった。

 

スポーツの戦いはすばらしい、人に感動を与えるものである。戦いといえば、

 

世界各国に広まってしまったテロ、戦争…。

 

「ごめんください」、年の頃なら八十過ぎの白髪の紳士。「旦那さん、これ引

 

き取ってくれませんかねー。」と店先の縁の上に置かれた大きな風呂敷包み、おも

 

むろにひろげながら、「実はね、これらは私が実際、第二次世界大戦で使って

 

いた物なんですよ、 苦くて辛い青春時代の思い出として、保存をしてたんです

 

が、私も、もう歳だしね、最近のようにあちら、こちらで、テロや戦争の声

 

を聴くと、思い出されてねえ辛くなるんですよ、捨ててしまおうとは思ったん

 

ですが、共に命を懸け戦ってきた物なので、どうしても捨てられなくてね…、

 

自分の人生の一部分を打ち消すような気がしましてね、しかし、これらが手元

 

にあると、マスコミの戦争、テロの言葉を耳にすると、どうしても思い出され

 

てしまいましてねえ、ですから、勝手だとは思いますが、大切にしていただけ

 

る方に保存していただけたらと思いまして、お持ちしたんですが。」

 

目にうっすらと涙を浮かべられていた紳士、その切実な気持ちに対し、快く

 

買い取りを承諾したのであった。

 

薄っすらと錆が残る軍刀、軍刀を吊り、又気を引き締める為なのかかなりの

 

幅広の金具付きベルト、軍刀を吊す為の何重かの鎖、軍帽、ヘルメットは錆び

 

かけてはいるものゝ戦場をくぐり抜けたと思われる数々の傷の痕跡、「パッパカ

 

パッパ、パッパカパッパカパ…。」と知らせに使われたのかラッパ、それに、白

 

い、いやほとんど、シミと汚れの枕カバー、「やはり、辛いときはこの枕カバー

 

に顔を押しつけて泣いたものでしたよ、」と、ぽつりとつぶやかれたのであっ

 

た。戦争の、そして青春の、命を懸けた人生の涙が、このシミとなって今ここ

 

に残っているんだなと思ったのである。

 

「この枕カバーは、シミだらけで、虫食いで穴あきだし、どうしようもな

 

いですよ。」と口に出しかけたところ、お客人の顔をちらりと見たら、声に出

 

せなかったのであった。「じゃあ、ついでに引き取っておきますわ。」としか

 

言えなかったのであった。

 

代金を手にされた紳士、「これで、毎日のように、テロ、戦争の 報道を見る

 

たび、当時の事を思い出し苦しむ事も、少しは薄らぐかもしれません、ありが

 

とう。」と背中を向けられ出て行かれる後ろ姿に、亡き父親を思い出さずにはい

 

られなかったのである。

 

持参された軍刀を手にしたとき、チャンバラ時代の刀剣とは違った感情があ

 

ったのである、毎日のように、刀剣とか拵えを見ているし、触れるているのに

 

なぜなんだろうか、それは近い肉親が、経験していた戦争でこのような軍刀等

 

が使われていたんだと思うと、何か違った感情、思いがするのであった。

 

 第二次世界大戦、中国大陸の第一線戦場で、左腕貫通の負傷をした父親、あ

 

と、十数センチずれていたらこの世の人では無かったと言う、つまり、私がこ

 

こにはいないという事になります。戦後十数年経っても、力仕事をすると、腕

 

が痛くなり発熱し、寝込んでいたような記憶がある。

 

 息子四人を戦争に取られ、二人戦争で亡くした祖母が、孫の私たちを前に、

 

物心ついた頃から、当時の半ば変色し、セピア色した写真を見せながら、涙な

 

がらに「戦争は、みんなが辛りゃーし、苦しいし、悲しいで、絶対したらいか

 

ん、大人になってもよう覚えてきゃーよ。」祖母が元気な頃は、しょっちゅう、

 

話してくれていたものであり、涙して話を聞いていたし、子供ながらにも、戦

 

争はしてはいけないと切実に思っていたのであり、今も根底にその思いがある

 

のである。しかし、ここにきて世界中で紛争、テロ、と日本国内でも、自衛隊の

 

派遣等、明らかに戦争に巻き込まれている、あるいは参加している状態になっ

 

ているのが現状である。

 

敗戦後、戦争放棄、平和日本を目指し、実際に実行できてきたのだが、戦後

 

六十年にして、先人の苦しく辛い経験の上に到達した平和日本を、戦後生ま

 

れの一握の政治家達が、世界平和に大国日本としての参加が必要だとかで、

 

軍国主義に傾倒させようとしている、そして日本国憲法まで変えようとしてい

 

るのが現状である。

 

戦後六十年、戦争放棄、平和日本で経過してきているのに、これからも戦争

 

放棄で平和日本の維持ができないなんて事はないと思う、また、世界で唯一の

 

核被爆経験国であり、それだからこそ、戦争反対、戦争放棄で世界平和の推

 

進に力を入れていかなければならなく、それが日本の世界に果たす役割ではな

 

いだろうか。

 

ある戦後生まれの一握の政治家の考えだけで、平和日本を軍国主義に絶対傾

 

倒させてはならないと、買い取った軍刀、シミの付いた枕カバーを手にして思

 

うのであった。

 

現状の地球環境を考えてみると、 人類は、なわばり争い、経済戦争などで人

 

々が戦い、殺しあうなど、動物以下の行為である戦争などしている場合では

 

ないことは 明らかである。

 

 人類子孫、そして、地球上のあらゆる生物、生命体の為に、そして地球存続

 

のため、 世界各国が、協調し、知恵を出し、経済的、化学的に鎬を削り合い

 

競争し、地球環境保全の難問と戦うべきである。

 

古備前壺にススキと萩をいけ、山茶碗に団子を供え、いつまでもお月見ので

 

きる平和な地球であるようにと、お月さんにお祈りをするのである。

 

   徳  峰

 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

bS8【紅葉と焚き火】  

 

山々の景色が緑一色の山水画から一変して、黄、橙、赤と又これらが微妙に

 

混ざり合った色彩、そしてこれに緑・黄緑と、いまや、山は萌ゆる状態となり

 

、人々が、心の癒しにと秋山の紅葉散策に出かけているのだろう、大変にぎわ

 

う季節となっているのである。

 

 そんな晩秋の晴天、久々の休日、めっちゃ紅葉の山中に飛び込みたくて、目

 

的もなく高速道路をひた走っていたのである、今日もランドクルーザーの調子

 

がいい。

 

 いろんな表情を写し出す景色、色あいを見せる山々の紅葉を左に、右に観な

 

がら、高速をあてなく走っていると、遠くに細く、ゆらゆらと、ゆっくりと立

 

ち上がる一筋の「のろし」、「いよいよ、敵軍が攻略してくるようでござる、

 

皆の衆、その時がきたようでござる、よろしゅうござるな、いざ、出陣。」

 

「えいえい、おー。」

 

 いや、焚き火の煙かな…、「そうか、落ち葉を集め、焚き火をしているのか

 

、昔はどこの家でも、焚き火をしてたよなー」。真っ赤に燃える火の中から、

 

黒く焦げた物、そう、焼き芋である。これが楽しみで、広い庭に散らばった

 

紅葉も過ぎ、落ち葉となった落葉樹の枯葉を掃きよせ、あるいは、枯れ木を集

 

め…落ち葉焚き。

 

夕暮れまで遊びまくって帰ってきた子供達、このほっかほっかの焼き芋を

 

手のひらと口のまわりを真っ黒にしながら、ふわっと湯気の出る栗より甘い

 

焼き芋を腹一杯に食べたのである。ふと、子供の頃を思い出していたのであっ

 

た、そう、こんなおやつしかなかったのである。

 

 芋をかじり、ふと西の空に目をやると、真っ赤ではあるが、微妙な色彩変

 

化のある今にも隠れてしまいそうな夕日、一日が暮れていく寂しさ、子供心に

 

そんなことを感じていたような思い出がある。

 

 そんな焚き火の近くまでやってきて、赤々と燃える枯葉や枯れ木の焚き火、

 

見ているとなぜか、心の安らぎ、寒さから身と心を包んでくれる暖かさ、

 

そして、火への尊敬の念、そして、人と人とのあれ合いをも作ってくれる、

 

焚き火とはそんな力があるように思われるのである。

 

「すいません、ちょっとあたらしてもらってもいいですか。」と声を掛け終

 

わる前に「どうぞ、どうぞ 、減る物じゃなしゆっくり暖まって下さい。」と

 

は、野良着をまとった、歴史を深く刻んだ皺とお陽さんの下で精出しをてお

 

られるのであろ、黒光りした艶のある穏和な人柄のおじいさん。

 

「最近は、オゾン層破壊と言うことで、野焼き、焚き火ができなくなってきて

 

寂しく成りましたが、やはり、焚き火は心の芯から暖まっていいですね。」

 

「そうじゃねえ―、たいへんな時代になってしまったねー。」と言いながら

 

「まあ、よかったらこれ食べんかねー、」と真っ黒焦げの焼き芋を古伊万里染

 

付皿に乗せて一つ差し出してくれたのであった。「熱いでねー、その皿の上にの

 

せて、食べて―。」「ありがたく頂きます」と言いながら、心遣いがありがた

 

かったのであった。

 

当然焼き芋は、栗のようにほくほくで甘く絶品であった。「おじいさん、こ

 

のお皿いいですね。」と声をかけたところ、「ああ、これかね、これは、昔から

 

家に在った皿ですわ、蔵に同じ物が何個かありますわ、」すいません、実は私

 

と言いながら、ほところから、真っ黒色の名刺をさしだしたのでした。

 

 すると、皺だらけの手で名刺を受け取り、ちょつとばかり、目をほそめ手を

 

遠のかせ、「ほん、旦那さん骨董屋さんですか、ほんならちょうどええですわ、

 

蔵の中にまだいろいろ古いがらくたがたくさんあるもんで、かたずけせななら

 

んですもんで、ついでに引き取ってもらえんかねー。」の声に、すかさず「は

 

い、引き取らせていただきます、毎度ありがとうございます。」と商売口調に

 

なってしまったのである。身も知らない人に、焼き芋までごちそうになって、

 

初だしまでさせていただけるなんて、ラッキー…。

 

 「まあ、ついてきて、」とおじいさん。「え、焚き火はどうするんですか、

 

ちょっと風も出てきたんだし、危ないですよと、つい、消防団のころの癖が、

 

未だに脳裏に焼き付いてるらしく、火を見ると、つい、消したくなるのであ

 

った。」すると、「ええよ、ええよ、婆さんに頼んでおくから、」の返事に、

 

「そうですか、そうですか、それなら、安心して品物を見せていただけます

 

わー」といいながら、おじいさんの後をよたよたと付いていったのであった。

 

 母屋は、このあたりでも少なくなったらしい茅葺家である。「まあまあ、と

 

りあえず、お茶でも飲んでからにしましょう。」いろりの対面にどっかりとあぐ

 

らをかき、ごつい手で、入れてもらった緑茶。

 

 「自家製だけどよかったらつまんでー、」と江戸時代中期はあろう、志野草

 

花文鉄絵中皿に盛りつけられた漬け物、その白菜の漬け物が、今が旬で甘みも

 

あって超美味いのである。「おじいさんこの白菜おいしいですね、」「そうか

 

ね、婆さんの手造りでな、別にどって事は無いけどね、」と言いながら、ほほ

 

えんでござった。

 

 ちょうどさっきの栗芋が胃袋に収まりきれずにいたし、いろりの赤々と起こ

 

った炭火と、このかすかに息苦しささえ感じさせる煙の雰囲気、そして、絶品

 

の白菜の漬け物に、ことのほか茶が美味く感じるとも言えるのである。

 

 ちょっとぬるめで、伊万里の染付猪口につがれた緑茶は最高であった。

 

「おいしいお茶ですね、」と思わず口から飛び出した一言に、「もういっぱいお

 

代わりどうぞ、」といれてもらえたのである。「うーん、そうかね、昔からお

 

茶だけにはこだわりがあってね、うまい茶が飲んでいたいもんでね。」と茶を

 

すすりながら、おじいさん、仕事の後の一杯、格別なようである、皺だらけ

 

の顔に笑むが浮かぶのであった。

 

ふと、茶をのみながら、天井をみあげると、いろりの煙にいぶされて、真

 

っ黒に煤け古色のついた竹に柱など、おばあさんが貼り直したのか純白な障

 

子、色彩のコントラストの美しさ。「おじいさん、ちょっと横にならせてもら

 

っていいですかね、」「どうぞ、どうぞ 」の声に、ごろりと横にならせてもら

 

って、室内を見渡していると、なぜか、無性に懐かしさがあふれてくるので

 

あった。

 

 「かあたん、おなかすいた、」「はいはい、ちょっと待っててね、いろりの

 

火に気をつけてね、火傷しちゃうからね…、」と言いながら、母親は「はい、

 

かずちゃんの大好きな御幣もちよ、と言いながら、いろりに立てかけて焼い

 

てあった御幣もちを一本いろりから抜き取り子供に与えたのであった。

 

 「これも食べなさい、」とやはり、いろりの火に掛けてあった湯気のあがって

 

いる鉄鍋から、しし肉と野菜を小鉢によそいながら、「かずちゃん、今日はな

 

にをして遊んだの…、」「うん、隣のじゅんちゃんと、いろんなことしたよー」。

 

こんななにか、懐かしさ、家庭のあたたかさ、家族のふれあい、そんなもの

 

を感じるのであった。さっきから横になって、いろり火の暖かさと、栗いも

 

の満腹感、そして、暖かいお茶のせいで、日頃の疲れがでたのか、ついつい、

 

うとうととしてしまったようである。最近都会で、「田舎に暮らそう 」が流

 

行しているようだか、わかるような気がするのである。

 

田舎暮らしは、人と人とのふれあい、家族のぬくもりがある、決して暮ら

 

しは都会のように便利ではないが、その為、いろんな物を手造りし、その楽

 

しさ、良さ、味わい、これが、家族、そして人々のふれあいの原点になって

 

いるのではないだろうか。都会暮らしでは人口は多くとも人々のあれあいは

 

少なく、やはり、寂しい暮らしと言えるのではないだろうか、そこで、人々

 

とのふれあいのある、田舎暮らしが好まれるようになってきたのではないだ

 

ろうか、そんな気がするのである。

 

真っ赤に紅葉した古木もみじの枝振り、そして濃桃色の花を無数に付けた山

 

茶花の花、遠くに浮かぶは、頂上にうっすらと雪を頂いた山脈、茅葺家の

 

煤けた古色柱、そして真っ白に張り替えられ全開された障子、その角い空

 

間は一幅の画のようである。部屋の片隅、時代を感じる銭箱の上には、常滑

 

朱泥小壺の花入れ、一輪の山茶花の小枝、ぶっとい時代柱によく似合う。

 

 あまりの長居に、早々に雑器を買い取りさせて貰い、車上の人となった。

 

もちろん、サービスして、ちょっと高めに引き取った事は言うまでもあり

 

ませんが、癒しの御礼で。        徳 峰

 

 

【参考画像】http://www.jm-art.co.jp/TOKUHO/TOKUHOhp/sankogamen.html

 

bS9【龍太地蔵】  

 

春爛漫…野山は花咲き乱れ、生き物達も活発な時期となり、今まさに、一年

 

で最高の季節を迎えたのである。

 

 久々に健康の為と重い腰を上げ、ハイキングと洒落こんで、ここまで登って

 

きた。花見の昼食、磨り減った表面もでこぼこの使い古したアルミの弁当箱

 

に助六、、卵型のアルミの水筒皮のベルト付、ほとんど、我々の年代ならば、

 

懐かしい小学校の遠足弁当スタイル。

 

 食後の休憩をしていた私、そんなところに、「今日はいいお天気、絶好のハ

 

イキング日和だわ、最高ね…」都会から訪れたと思われる三人組女性のハイ

 

カー達が峠に到着したのである。

 

 桜の古木並木、それは見事な枝振りの並木で、花も満開、普段の寂しさとはう

 

ってかわって華やかな雰囲気さえ漂わせている。「この辺で休憩しましょうよ」、

 

「そうね、桜もきれいだし、空気もおいしいし、すごく気持ちがいいわねえー」。

 

「あら、この古いお地蔵様、ほら、龍大地蔵と読むのかしら」、「それにしても

 

、こんな場所なのに、たくさんお参りする人達があるのね、お線香にろうそ

 

く、お花がすごいわね…、私たちもお参りしていきましょうよ…」。

 

 「龍大地蔵」ほう、珍しい名前のお地蔵さんだなと気になったので早速お顔

 

を拝見、「うん、時代もかなり有りそうで、風化もあるが、いい顔しておられ

 

る」と思わず手をあわせ拝んだのであった。

 

 明るいうちにと思い、麓に降りてきて、ふと思いだした。

 

あの日向ぼっこをしている、柔和な笑顔に深く刻まれた皺、人の良さそうな

 

お婆さんに、峠の「龍大地蔵」の事を尋ねることにしたのであった。

 

 「ああ、そうかね、お地蔵様にお参りしなさったかね、そりゃー、ええ事を

 

しなさった、龍太地蔵さんも喜んでなさるじゃろー、南無阿弥陀仏…」。

 

「あのう、お婆さん、龍大地蔵でなく、龍太地蔵さんと言うんですか、変わ

 

った名前のお地蔵さんですよねー、なにか、名前に曰わくでもあるんですか」。

 

 「ああ、よう聞いてくんなさった、実はな、本当にあった事なんだそうじゃ

 

よ、昔、そうじゃ、江戸の初め頃ときいちょるがなー」。

 

「そりゃあ、ひどい日照り続きでな、米や作物はとれんし、雑草さえ枯れか

 

けたような大変な大飢饉だったそうな、農民一揆なんぞ、しょっちゅうあった

 

そうですわ。

 

 そんな時に行き倒れの若い衆がおってな、そりゃあ、痩せ細って、ぼろをま

 

とった気の毒なもんだったそうじゃよ、ところが、自分達の食べるもんさえあ

 

らへんもんやで、助けたくても助けたれへん訳けじゃ、そんなところに通りか

 

かった庄屋さまが、助けんなさってな、面倒みんさったわけじゃ。すっかり元

 

気んなった若い衆は、龍太ちゅう名前だそうじゃよ、ほんでな、庄屋さまんと

 

ころでお礼といってな、朝日がでるまえから、陽が落ちるまで、そりゃあ一生

 

懸命に野良仕事をしたそうな。ところがじゃ、雨が何日も何日も降らんかった

 

もんで作物はとれへんし、そりゃあ、その辺いったいの村々の衆は雑草までも

 

食べて飢えを忍んだそうじゃよ。

 

 そんなある日にな、急に空が暗うなってな、それはすごい勢いの稲妻かと思

 

や、どしゃ降りの大雨ですわ、村人はたいそう喜んだそうですわ、ただな、田

 

畑はからからに乾いとるんで、大雨もすぐ地面に吸い込まれてしまってな、「

 

せっかく、お天とうさまが大雨をくださんしたが、この日照り続きでは、どう

 

にもならへんのー」と、村人らは口々に喜びと心配ごとで嘆いておったそうで

 

すわ。

 

 そのうちに、村人たちの願いん、お天とうさまに通じたんか、二日か三日お

 

きの夕がたの同じような時になると、決まって空が急に暗うなって稲妻と大雨

 

ですわ、そりゃあ、村人は大喜びで命拾いをしたとたいそう喜んで感謝したそ

 

うですわ。

 

ある日の夕方な、村でたった一人の友達が庄屋さまんとこの龍太さんを訪ね

 

てきたそうですわ、部屋をのぞいてそりゅあおったまげたそうです。龍太さ

 

んが、龍に化身するとこにでっくわしたそうですわ、そん時、龍太さんはな、

 

精気もない寂しそうな顔で、その友達の平助さんにな、このことは絶対村の人

 

らにはないしょんしといてくれゆうてな、戸の透き間から天に向かって昇って

 

いったちゅう事ですわ、そおすると、急に空が暗うなってな、すごい勢いの稲

 

妻とどしゃぶりの雨ですわ。

 

 近隣の村々はな、雨で潤って作物もよう取れてな、大飢饉は免れたそうです

 

わ。

 

 その日が最後でな、龍太さんは山奥の霊神池でな、息切れて亡くなったそう

 

ですは。たった一人の友達ん、平助さんが、龍太さん話ば村人ん物語ったら、

 

そういえば稲妻とどしゃぶりの雨前に、庄屋さまのお屋敷から、黒くて長くう

 

ごめく生き物んようなもんが、空に向かって煙のごとくまいあがって、お屋敷

 

のうえのほうで何度もまるで龍のように回遊し天高く舞い上がり最後には消え

 

ていったとこを見たちゅう村人が何人かおったげな。

 

この村々が助かったんは、龍太さんおかげっちゅうて、峠の近くにお地蔵

 

さんお祀りして龍太地蔵と名付けたちゅうこと聞いちょります。

 

 雨がふらん時には、龍太さんに願掛けすると必ず雨がいただける。雨がふっ

 

たら、龍太さんのおかけ゛といってお参りするちゅうことで、いつも、お参り

 

の人らで龍太地蔵さんは線香とろうそく、お花が耐えんちゃうこってすわ。」

 

「おばあさん、今日はほんとに良いお話をお聞きしまして有り難うござい

 

ました。」とお礼の言葉を残し、感激しながらも、さて、自分は龍太のように

 

他人の為に命までかけて働けるのかな…、と考えさせられる龍太地蔵の話であ

 

った。

 

 旅館に到着し、緑茶を一口いただき、ふと、眼に写ったのは、そんな龍太さ

 

んをモデルにしてデザインされたかと思うような、古銅器、龍の立派な香炉が

 

旅館の床之間、黒檀の香炉台に鎮座し、人々を見守っているかのように、紫煙

 

をゆったりとのぼらせている、まるで昇竜のように。              徳 峰

 

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